幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_01

航空機の窓の外に広がっている景色を、シルヴィアは眺めていた。
数週間の休暇から任務に戻って数日。女学院や病院での出来事のように不自然な事件は起こっていないものの、奇妙なダエモニア事件は絶えず発生していた。
いったい何が起こっているのか。眼下の景色は晴れ渡っているのに、疑問は雲のように湧き上がってくる。
シルヴィアは窓の外から視線を外し、航空機の座席に体を沈み込ませた。

「シルヴィア様、喉は渇いておられませんこと?」

ふと掛けられた声に、シルヴィアは頭を上げる。
そこには、キャビンアテンダントが使用するようなワゴンを引いて、ミレイユが立っていた。ケーキスタンドにはスコーンとジャムが見た目も美しく並んでいる。

「ティータイムになさいませんか? スコーンもございますのよ」

「そういえば、そんな時間か。では、お招きにあずかろう」

笑顔で頷くミレイユは、わざわざ持参したらしいティーポッドから、紅茶を注いでシルヴィアに手渡した。ベルガモットの香りが上空二万フィートを飛行中の機内に漂う。

「そこのCAさんよ~。アタシも喉乾いてんぞ~」

「スコーンだと!? くれ!」

紅茶の香りを愉しんでいたシルヴィアの背後から、エレンと雫の注文が聞こえてきた。しかしミレイユはその声に振り返ることもなく告げる。

「お生憎さまですわ。わたくしとシルヴィア様の分しか用意しておりませんの」

「あんだよ~。アタシらにはナシかよ~」

「あー、やる気出ないわ~」

騒いでいるエレン達を尻目 に、ミレイユはシルヴィアの隣に腰を下ろした。そして、ケーキスタンドのスコーンを手渡す。

「ささ、シルヴィア様。お茶にいたしましょう?」

ミレイユに促されてカップに口をつけようとしたシルヴィアだったが、隣に座っている万梨亜の小さなうめき声に気を取られる。

「万梨亜、どうかしたか?」

万梨亜は青白い顔を浮かべ、シルヴィアにもたれかかってきた。飛行機に酔ってしまったのだろう。具合悪そうに、渇いた息を吐いている。

「実は……。酔い止めは持ってるんですけど、飲み物を忘れちゃって……」

「ならば、これを飲むといい。水ではないが、ないよりはマシだろう」

「ええっ!?」

ミレイユの紅茶は、シルヴィアから万梨亜へ。
仰天して思わず声を出したミレイユは、万梨亜に酔い止めを飲ませるシルヴィアをただ見つめていた。

「悪いな、ミレイユ。お茶会はまた次回、日を改めて誘ってくれ」

「わ……、分かりましたわ……」

ミレイユが飲み干した紅茶は、想定以上に苦かった。

 

しばらくした後、前の座席に座っていたヴァネッサが立ち上がる。
そして、同乗しているタロット使い達へ振り向き、ブリーフィングを始めた。

「さて、と。今回集まってもらったのは、もちろん楽しい旅行ってってワケじゃない。緊急事態なだけに、出発前のブリーフィングができなくてな。すまんが、いま説明させてくれ」

ヴァネッサは、事前の説明を省いたことをひと通り詫びてから、本題に移る。

「事の発端はレグザリオからの情報提供だ。以前の女学院や病院、それに他の『不可解な』ダエモニア発生事件に関与した疑いのある人間を見つけたらしい。それがこいつだ」

天井から降りてきたスクリーンに、人物情報が表示された。
レグザリオ内での識別コードは、『オーキス』。
だが、表示されたのはごく一部の情報のみ。本名や性別、年齢などほとんどの項目に『不明』が並んでおり、名だたる軍需産業系企業や政界、財界に影響力を持っているということしか読み取れない。

「で、そのオーキスってのがなんだって?」

「素性、目的など一切不明だが、どうもダエモニアの人工培養やら憑依やら、きな臭い研究を指揮する立場にあるようだ」

「ダエモニアの人工培養か……」

エレンとヴァネッサのやりとりに、シルヴィアは過去の事件を思い出す。
アイリス女学院の女生徒達は、とても切磋琢磨とは言いがたい歪んだ闘争心に突き動かされていた。その闘争心はダエモニアの格好のエサである憎悪や嫉妬に変化し、結果としてダエモニアの大量発生を招いてしまった。
だが、ダエモニアを培養するのにうってつけだった女学院のあの空気感が、オーキスの研究によるものだとすれば。
事前に潜入することはできなかったが、軍立病院でも同様の実験を行っていたのだとすれば。
確証は持てないが、その可能性は充分にある。

質問の有無を問うたヴァネッサに、タロット使い達は無言で答えた。沈黙の中、ヴァネッサはリモコンを操作し、スクリーンに兵士と思しき人間の映像を映し出す。

「こいつがその研究成果、ダエモニア歩兵だ。どういう理屈か分からんが、ダエモニアを制御することで人間を越えた『性能』を確保しているらしい。その代償か、ダエモニアとしては末期症状だがな」

「これは好都合だ。殺すしかないのならば、どこぞのタロット使いさんも迷わずに済むでしょうね」

メーガンが投げた皮肉など意にも介さず、シルヴィアはスクリーンで繰り返される兵士達の動きに注目する。
アストラルクスでうごめくダエモニアの群れとに連動するように、物質世界の兵士が動いている。その動作は俊敏であり、まるで人間とは思えないほど秩序だった動きを見せている。

通常の訓練でこの領域まで達するのは至難の技だろう。それ程に見事な兵士達であることが、シルヴィアにはありありと分かった。

「おい、なんだよこれ……」

エレンを始め、その場のタロット使い達は固唾を飲み込む。
ダエモニアの発生は本来、人の手が及ぶ範疇の話ではない。だからこそ、まさに『天災』のようなダエモニアに対して即時対応するのがタロット使いの行動原理だった。
だが、このダエモニア歩兵は、そうした領域に踏み込んだ人間が存在することを意味する。

「ここしばらくのダエモニア事件増加は、こいつの実証実験が関係してそうだ、ってのがレグザリオ本部の見解だ。感情に任せてバカ正直に暴れるだけだったこれまでのダエモニアとは全く別物だと思っておいた方がいい」

「ひどい……。どうしてこんなこと……」

ひとりごとのようにつぶやいた万梨亜に、ヴァネッサが答える。

「なんせそこいらの兵士より安上がりで強力な駒だ。おおかた戦争屋にでも売りつけようって魂胆だろう」

ヴァネッサの言う通り、戦争において最も必要なのは、武器や兵器を扱うことのできる兵士という駒だ。通常、兵の訓練や維持には多くのコストが掛かるが、ダエモニア付きであれば人間と同様に扱う必要もない。工業製品のように兵士を『出荷』できれば、巨万の富は約束されたも同然だろう。ダエモニアを人工培養する動機としては全く賛同できないが、理解はできる。
しかし、とシルヴィアは疑念を抱く。その疑問は他のタロット使いも感じていたようで、エレンが問いかけた。

「にしてもよ、ダエモニアの研究ができるトコなんてあんのか? レグザリオやらセフィロ・フィオーレなら分かるけど、そのオーキスってヤツは普通の人間なんだろ?」

「そういった組織があるのだとしたら、興味深い話ではありますね」

エレンの疑問にメーガンが答える。そこに付け足すように、雫がアイマスクで目を覆ったまま、ぶつぶつとつぶやく。

「ソースがレグザリオなんだから疑ってかかるのが情報強者だろ。そう、これは巨大な陰謀が背後に……。おっと、誰か来たようだ」

そう言って、雫は「ウッ!」と呻いてから、死んだように座席に身を沈めた。沈黙が流れる客室で、ヴァネッサはひとつ咳払いをしてブリーフィングを続ける。

「ま、本部からの情報があやふやなのはいつものことだ。とりあえず、オーキスと関係が深い実験施設で、くだんのダエモニア歩兵と思しき反応がある。そいつを叩き潰せば何かしら見えてくるモンが……」

その時、旅客機とは別種のエンジン音が聞こえた。
唸るような高音を上げて近づいてくる音の正体は、肉眼で見えるまでに異常接近していた戦闘機だった。旅客機を圧迫するかのように、両側から距離を詰めてくる。

「おっと、やっこさんも歓迎してくれてるようだ。待たせる訳にはいかないな」

ヴァネッサは焦ることなく客室の床を剥がし、厳重にロックされた底部ハッチを開いた。急激な気圧の変化によって異常を知らせるアラートがけたたましい音を立て、客席には酸素マスクが落ちてくる。

「おい何するつもりだよアンタ!」

必死に座席にしがみつきながら叫んだエレンに、ヴァネッサは笑いながら答えた。

「スカイダイビングは嫌いか?」




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