幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_02

客室のハッチを開けたことで気圧が低下、膨らんだ風船から空気が漏れ出るかのように、空気は周囲を巻き込みながら外へ出ていこうとする。
飛ばされないようにしがみつくタロット使い達だったが、その場に残ったところで待ち受ける運命は同じであることを、異常接近したまま並行している戦闘機が示していた。
旅客機から飛び降りるか、戦闘機の砲火を受けるか。
いずれにしても空の藻屑となることは間違いない。

「作戦目標、オーキスの実験施設とされる地域に発生したダエモニアの殲滅。行くぞ」

「はぁ!? アンタ正気かっ!?」

エレンの叫びなど聞き入れず、ヴァネッサは客席のハッチから上空二万フィートの大空に飛び込んだ。パラシュートもグライダーも装備せず、文字通りに身体ひとつで。
それに続き、メーガンもハッチから景色を見下ろす。

「おや、エレン。もしかして貴方、怖いのですか?」

「こ、怖いも何もパラシュートなしだぞ!? どう考えたって死ぬだろ!?」

「着地の瞬間、アストラルクスへ入ればいいだけですよ。まあ、パラシュート降下で格好の標的になりたいのなら、止めはしませんがね」

座席にしがみついて必死に訴えるエレンにそう答えると、メーガンは薄気味悪い笑顔を貼り付けてハッチの外へ飛び去った。

「マジかよ……」

信じられないという面持ちのエレンをよそに、タロット使い達は次々と眼下へ消えていく。
まずは雫が降下。そして万梨亜とミレイユが眼下へ消える。旅客機内はあっという間にエレンとルーシア、そしてシルヴィアを残すだけになった。
しかし、エレンは一向に外へ飛び出そうとしない。腰が引けているエレンの背後に、ルーシアが近寄る。

「……エレン、後がつかえてる。早くロック魂見せて」

「い、いや! ロックってのはもっとこう……、な?」

煮え切らない態度を見かねて、ルーシアは背後からエレンを蹴り飛ばした。前のめりになって消えていったエレンの叫びは一瞬で聞こえなくなり、旅客機の客室は再び風とアラートの音で満たされる。
立ち上がったシルヴィアは、窓の外を一瞥する。並行している戦闘機は前方へ向けて機銃による威嚇射撃を行った。いつでも撃ち落とせるという強硬姿勢を見せる。

「……早く」

か細いながらも耳に飛び込んでくる冷たい声に、シルヴィアはハッチから躊躇なく飛び出した。

見渡す限りの大空が、シルヴィアの周囲に広がった。
眼下には緑深い森林と、切り拓かれた灰色の大地が見える。空気の塊が全身を殴りつけてくる感覚を味わいながら、シルヴィアはダエモニア反応が観測されたという施設に狙いを定め、急降下する。
見上げた天には、急速に小さくなっていく旅客機が見える。しかし、その両脇を飛行していた戦闘機の姿は見えない。

――その時だった。

シルヴィアのそばを、鋭い空気の刃が掠めていく。撃ち出されたであろう軌跡を目で追った先には、太陽の光を反射する機影が存在した。

「この隙を狙っていたのか!?」

機影は自由落下するシルヴィアに、機銃による掃射をくわえながら急接近する。
何の抵抗もなく空を落ちる人間と、ジェット戦闘機のどちらに分があるのかなど、考える必要もない。戦闘機が側をすり抜けるだけで、人体は衝撃波によってズタボロにされるだろう。

覚悟を決めるしかない。
シルヴィアは、戦闘機とすれ違う瞬間、アストラルクスへ移動した。
空気の流れに弄ばれるだけだった感覚が一転、五感が研ぎ澄まされる。迫りくる戦闘機の姿がスローモーションに感じられ、懸命に身を翻して体当たりを避ける。
すれ違う瞬間、シルヴィアはキャノピーの中に居るパイロットの姿を目撃した。その姿はブリーフィングで見たようなダエモニア兵ではない。
至って普通の人間であった。

「生身の人間だと?」

アストラルクスから見たパイロットは、ダエモニア兵ではなかった。
すなわち、タロット使いとダエモニアの戦いに関与するはずのない生身の人間が、シルヴィアに攻撃を加えてきたことになる。
少なくとも、誤射などではない。生身の人間の表層意識が具現化するアストラルクスにおいて、パイロットの頭部は『明確な敵意』を示すナイフにすげ代わっていたからだ。
これまでになかった事態に、シルヴィアは推論を重ねる。

タロット使いを敵視する人間の存在。
ダエモニアに利用価値を見出したオーキスという存在。
そして、それを突き止めるべく緊急に立案された作戦。

「まさかこれは、罠か……?」

罠であれば、対処しなければならない。
地表で待ち受ける不測の事態を見越し、力を温存するためシルヴィアは物質世界へ戻る。再び重力に引かれ、蒼穹を落ち始めるシルヴィアを待っていたのは、地上からの迎撃だった。
先行するタロット使い達に向けて砲火が雨のように放たれ、青空に白煙の雲を作り上げる。雲に飛び込んだことで視界を失い、周囲のタロット使い達を目で追うことが難しくなる。

「くっ……!」

シルヴィアは、再びアストラルクスへ入る。
連なって放たれる機銃の斉射は、まるで糸のように空を編み上げ、弾丸のカーテンを作り出していた。シルヴィアは直線的な機銃の列と、動きをわずかに変えるミサイルの軌道を読み、カーテンの中へ飛び込む。
いかなる通常兵器であろうと、アストラルクスへ入ってしまえば恐れることは何もない。硝煙弾雨の合間をかいくぐり、迎撃するなど、タロット使いであれば誰もが可能だろう。
しかし、そちらに意識を集中する都合、周囲に気を配ることはできなくなる。他のタロット使いがどこに居るのか、シルヴィアにはもう分からない。

「まんまと術中にはまってしまったというワケか……」

未確認機によるニアミスにも、地上からの機銃掃射とミサイルによる執拗なまでの迎撃にも、敵はタロット使いに対して全く意味のない物理的な攻撃手段を用いていた。
だが、そのたびにタロット使いはアストラルクスへ入ることを余儀なくされ、無駄に力を消耗するハメになる。しかも、回避運動によって方向感覚は狂い、周囲のタロット使いがどこに居るのか把握することもできなくなる。
タロット使いは爆煙と弾幕のカーテンで仕切られ、五里霧中の空を落ちるだけ。

弾幕を避けながら、シルヴィアは唇を噛んだ。
敵の思惑は、タロット使いを迎撃することではない。
タロット使いを分断することが目的なのだ。

地面が迫りくる中、自らが降り立つ場所以外の景色は望めない。広大な敷地のどこに降り立つのか分からないままに、シルヴィアは落ちていく。
そして、地表付近に大量のダエモニアを見て取った。
ブリーフィングで示された、チェスの駒を人型にゆがめたようなダエモニアの『軍隊』が、シルヴィアの落下点を取り囲むように待ち構えている。

「歓迎してくれている、ということなのだろうな」

シルヴィアは意識を集中し、落下速度を調整する。ダエモニア兵による銃撃を避けるために地表スレスレまで急降下。そして瞬時にスピードを緩め、地表に降り立った。
チェスのポーン駒のようなダエモニアの軍隊が、四方からシルヴィアを取り囲む。ダエモニアの腕の辺りから生えている細長い銃身は、すべてがシルヴィアへと向けられていた。

「お前達と遊んでいる時間はないんだが」

シルヴィアは、側に仕える白銀の騎士を召喚する。
そして、白銀の長剣を握り、まばゆいばかりに発光させた。




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