幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_03

シルヴィアに銃口を向けるのは、チェス駒では雑兵のポーンダエモニアの軍隊。無秩序に暴れる通常のダエモニアとは異なり、儀仗兵のごとく列をなしてシルヴィアを包囲している。

味方の応援は期待できない。
無線封鎖がなされていること、くわえて敵はダエモニア研究に明るい存在であることから、物質世界、アストラルクス双方で通信は使用できない。散り散りになったタロット使い達と合流するにはこちらから探しに行く他はない。
そのためには、ここを突破せねばならない。状況を整理したシルヴィアは剣を構え、戦闘姿勢を取る。

「数ばかり多い歩兵と、その上官……。さしずめ、ポーンにナイトと言ったところか。お前達に恨みはないが、悪く思うなよ」

シルヴィアが一歩踏み込んだ瞬間、ポーン駒とは異なる指揮官らしいナイト駒のダエモニアが腕を振り下ろす。それを合図に、歩兵による一斉射撃が始まった。
全方位から串刺しにするような弾丸の斉射。シルヴィアは、真正面に作られた弾幕を薙ぎ払い、初撃を避けるための退路を作り出す。

「デュランダル、背後を!」

シルヴィアはデュランダルを自らの背後に移動させ、背後の守りを固める。死角から放たれた弾丸をデュランダルの巨躯が受け止め、金属的な雨だれが響く。
初撃の波をやり過ごすも、ダエモニア兵は射撃の手を緩めようとしない。統率のとれたポーン駒は、シルヴィアの退路を確実に潰すため、蜘蛛の糸のような緻密さで弾幕を張り巡らせる。
物質世界の弾丸とは異なる、ダエモニアの弾丸。ダエモニアそのものでもあるそれは、タロット使いとは言え、当たれば致命傷は免れない。

「シャルロッテに聞いた方法、試してみるか」

シルヴィアは誰に聞かせるともなくつぶやき、視線を前方のポーン駒が構える銃口に向けた。
弾丸の行方を決めるのは、弾丸が通る銃身に刻まれたライフリングという溝の形状だ。同じ溝とはいえど千差万別な溝のパターンを『正確に』読み取ることができれば、撃たれる前に弾丸の軌道が分かるという。
『ただし、理論上は』とはシャルロッテの言だが、試してみる価値はあるだろう。

シルヴィアは、前方で銃撃を繰り返すポーン駒のライフリングを読み取り、螺旋を描き飛来する弾丸のイメージを脳内にはじき出した。一瞬先の未来が、シルヴィアの眼前に浮かび上がる。迫りくる弾丸を避けるルートを取り、一歩一歩着実に駆け抜ける。
シルヴィアの耳元を、頭の上を、首筋を弾丸がかすめて行くが、それすらも弾道予測の範囲内。シルヴィアは、現実の視界と未来の弾道を重ね合わせながら、白銀の剣を構える。目標はポーン駒に砲撃を指示したと思われる、ナイト駒のダエモニア。

「見切ったぞ!」

砲火をかいくぐり、ナイト駒の首を飛ばした。コアを破壊されたナイト駒が指揮能力を喪失したためか、ポーン駒の軍隊は途端に命中精度が落ち、隊列が乱れる。
シルヴィアは、そこを見逃さない。
烏合の衆と化したポーン駒の銃口を切り落とし、人間の心臓に当たるコアを白銀の剣でなぎ払う。強固な統率を見せたダエモニア兵は、まるで恐慌状態に陥ったかのように自滅していった。

「熱烈な歓迎だったが、これで門前払いということは――」

シルヴィアが肩の荷を降ろした瞬間、足元を一発の銃弾が穿つ。とっさに撃ってきた方向を見上げたシルヴィアは、施設の屋根の上に女の影を見た。

「お前は……?」

問いかけたシルヴィアだったが、女から答えは帰ってこない。妙齢の女はシルヴィアを無視して施設の奥へ走り去る。

「待て!」

シルヴィアは、女の影を追って駆け出していた。
施設の屋根から施設の屋根へ。移動を続ける女を追いかけた先に待ち受けていたのは、手がかりなどではない。
シルヴィアが飛び込んだ広場には、ダエモニア兵の一団がシルヴィアを待ち受けていた。退路に目を遣るも遅く、シルヴィアを包囲する陣形はいともたやすく完成してしまう。

「……誘い込まれたのか?」

「ええ、その通り。あなたはもう籠の鳥よ」

ポーン駒ダエモニアの列は、シルヴィアを継ぎ目なく取り囲んでいた。それだけではなく遠く離れた建物の屋上に、狙撃兵と思われる姿も見える。その圧倒的な物量は、ポーン駒やナイト駒のような歩兵の群れだけではない。
女の傍らには、それらより一回りも二回りも大きい流線型の戦車と、中空を漂うヘリのダエモニアの姿があった。

「ポーンにナイト、そしてルークにビショップか。ならばお前がキング……いやクイーンと言ったところか?」

流線型の戦車を『ルーク』、中空を漂う戦闘ヘリを『ビショップ』と、やはりそれぞれをチェスの駒になぞらえ、シルヴィアはひとつ息を吐く。
無生物に取り憑くダエモニアは、シルヴィアには心当たりがあった。
アイリス女学院での戦闘時、ダエモニア化した女生徒達は学園のシンボルである時計塔に絡みつき、時計塔そのものを強力なダエモニアへと変容させた。おそらくこのルーク駒もビショップ駒も、同じようにダエモニアが集合することで構成されている。

「さあ? 私、チェスは詳しくないの。駒の動かし方もよく知らなくてね」

女は、天に向けて弾丸を放った。
発砲音が合図だったのか、宙を舞っていたビショップ駒が、シルヴィアまでの距離を一直線に詰めてくる。正面に取り付けられた回転式の機銃を回し、雨のような機銃掃射を叩きつけ始める。

シルヴィアはビショップ駒の機銃掃射から逃れるため、地面を蹴る。ダエモニア兵の包囲を破ろうと陣形のほころびを探すが、ダエモニア兵の隙間はどこにもない。それどころか、円形の壁となったダエモニア兵は、一歩また一歩とシルヴィアとの距離を詰めてくる。

「でもいいの。駒の動かし方が分からないなら、動けないようにすればいいだけよね」

ポーン駒の壁が迫り、シルヴィアの行動範囲は急激に狭くなっていく。ビショップ駒の射撃から逃げ回っているだけでは、追い詰められてしまうことは容易に想像できた。
このダエモニアは、通常のダエモニアではない。列を乱すことなく包囲を続けるなど、自然発生したダエモニアに可能な芸当ではないのだ。
普段とは異なる、不気味な相手。
シルヴィアはビショップ駒の機銃を避けながら、デュランダルに命じる。

「デュランダル! 翔べッ!」

シルヴィアに呼応して、大剣を掲げたデュランダルが飛翔する。しかし、白銀の鎧が宙を舞うビショップ駒に直撃することはなかった。
飛び上がったデュランダルの横っ面にルーク駒の放った砲弾が直撃し、軌道が逸れる。デュランダルはビショップ駒から弾き飛ばされ、アストラルクスの大地にその身を叩きつけられる。

「危ないことしないでほしいわねぇ……」

ポーン駒をかき分け、女がシルヴィアの前に歩み出る。

「貴様、一体何者だ……!?」

「あら、忘れちゃった? じゃあ思い出させてあげるわね」

「……思い出させるだと?」

シルヴィアは、女と目を合わせる。
どこかで見覚えのある顔立ち。そう思った矢先、シルヴィアの視線はらんらんと見開かれた女の瞳に、ひいては瞳に映り込んだシルヴィア自身に吸い寄せられた。
瞳に映ったシルヴィアの姿が、人間の成長を逆再生したかのように徐々に小さく、幼くなっていく。

「き、貴様何をっ!」

「ただの昔話よ。楽しい楽しい、あの日の思い出話……」

瞳に映った姿が、タロット使いを目指していた頃まで巻き戻った時、シルヴィアは意識を失った。




TOP