幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_04

教会の講堂に集うのは、『正義』の適性が認められた候補者達。少女達は一様に緊張した面持ちで、渋面を浮かべる老人の言葉を待っていた。
老人は、幼さの残る少女達の顔をひとりひとり確認しながら、語り始める。

「お前達は高潔な『レンハート』の血統に生まれている。だが、『正義』を継ぐことができるのは、最も優秀な血を持つ者ただひとり」

レンハートの血統に生まれた者ならば、『正義』のタロット使いとなることは義務だった。それはレンハートの直系のみならず、分家や傍流であっても同様。『正義』を輩出することは、家系と血脈の正当性を証明する手段であった。
渋面の老人は、少女達に命じる。

「『正義』を手にし、レンハートの血筋を証明せよ」

「はい、大始祖様!」

幼いシルヴィアと同じ言葉を、周囲の少女達も口にする。だが、この時はまだ、『正義』の重みを理解できる者は居なかった。

「ねえ、シルヴィア。そろそろ休んだら?」

修練場で、身の丈に合わぬ長剣を振るっていたシルヴィアに、『正義』の候補者が話しかけてきた。
しかし、シルヴィアに訓練を止める様子はない。

「先代の跡を継ぐには、強くあらねばならない。私には、遊んでいる暇などない」

頑なに修練を続ける様子を見て、少女達はひとり、またひとりとシルヴィアの元を去っていく。修練場に最後まで残っているのは、いつもシルヴィアだった。

「シルヴィア!」

修練を終えたシルヴィアは、家に帰るなり母親に頬を打たれた。渇いた音の後に待っていたのは、理不尽にも思える母親の厳しい叱責だった。

「いいですか、シルヴィア。レンハート家は代々『正義』を輩出してきた由緒正しい家系。しかも貴方は、その直系です。混ざり者や、まがい物の分家を相手に遅れをとってはなりません。何があろうとも、勝ちなさい」

母親は、幼いシルヴィアの肩を、爪が食い込むほどに強く掴む。
冷静な物言いを心がけてはいるが、シルヴィアには母親がひた隠しにしている願望が透けて見えていた。『正義』を一番に欲しているのは、自分ではなく、母親なのかもしれない、と。

「しかし、『正義』は全ての者を救う力だと……」

シルヴィアが濁した言葉の意図を読み取って、母親は言葉を返す。
その言葉が、呪いになるとも知らずに。

「それは『正義』を継承した後の話です。そんな理想論は、一人前になってから言いなさい」

「すみません、お母様……」

『正義』の試練は過酷を極め、脱落する者も少なからず存在した。それは単に、『候補から辞す』ことだけではない。
大始祖と呼ばれた老人は、幼い少女の亡骸に手を合てた。色とりどりの花で満たされた棺桶を前に、最期の別れを告げる。

「幼き正義の末裔よ、安住の天に召されよ」

亡くなった少女の家族と思われる人々がすすり泣くその傍らで、候補者達は小さな声でささやき、あざ笑う。シルヴィアはその会話をぼんやりと聞き流していた。

「死ぬほどじゃなかったよね」

「あの子、どうせ落ちこぼれだしね」

基礎訓練を終え、実戦を想定した訓練が始まると、少女達の凶行に歯止めを掛ける者は居なくなっていった。

「い、痛いッ……! 痛いいっ!」

「な、何も両足を斬り落とすなんて……」

あまりの激痛に言葉を発することすら危うい少女。その両足は、本来あるべき場所から遠くはなれていた。
鮮血に染まった剣を握る少女は、悪びれる様子もなく告げる。

「……ダエモニアは手加減してくれない」

立ち去る加害者に、被害者は叫ぶ。

「殺す……ッ! 絶対に、殺してやる……ッ!」

――何を行おうとも、最後まで残ればいい。
そうした認識がシルヴィアを含め、すべての候補者の中に浸透するまで、大した時間は掛からなかった。

自室に居たシルヴィアを訪ねてきたのは、車椅子の少女だった。

「私、もうタロット使いにはなれないみたい。さよなら……」

膝から下を失った少女は力なく笑い、シルヴィアの答えを待つことなく、車椅子を操って去った。
少女と入れ違いになった母親は、シルヴィアに耳打ちする。

「またひとり消えたわね。さあ、もう一息頑張りなさい」

「はい、お母様!」

シルヴィアは、母親に満面の笑みを返した。
ライバルがひとり減れば、一歩『正義』に近づける。近づけば近づくほど、レンハートに相応しい、素晴らしい人間になることができる。
そうして、己の技術を磨き、他者を蹴落としていくことに、シルヴィアは何の疑問も持っていなかった。

試練のかいあって、シルヴィアは『正義』のエレメンタルタロットを継承することになった。大始祖による儀式から帰ったシルヴィアを、母親は笑顔で迎えた。

「おめでとう、シルヴィア」

「ありがとうございます、お母様! これからは『正義』の名に恥じぬよう、精進いたします!」

あの日、共に並んでいた少女達はもう居ない。
挫折した候補者達がどこへ行ったのか、その後彼女らはどうなったのかなど、シルヴィアの知る所ではなかった。
シルヴィアは、『正義』を手に入れ、自らの正当性を証明できたことが、ただただ嬉しかったのだ。

シルヴィアは、意識を失ったまま苦悶の表情を浮かべ、アストラルクスに横たわっていた。
そんな様子を見て満足したのか、妙齢の女は不敵に笑う。

「フフフ……。ゆっくりおやすみなさい。シルヴィア」

女は、シルヴィアの身体を踏みつけ、蹴飛ばす。
力任せに暴行を加えても、シルヴィアは長い眠りから目を覚ますことはない。双眸は固く閉じられ、覚めることのない悪夢にうめき声をあげた。

「せっかく貴方に会えたのだから、もう少しお話しましょうか?」

シルヴィアの目に飛び込んできたのは、見慣れた天井画だった。
身体を起こして周囲を見渡すと、そこはあの時の教会。どうやら棺桶の中で、まるで死んだように眠っていたらしい。

「おはよう、シルヴィア」

分厚い扉が開き、薄暗い講堂に一筋の光が差し込んだ。そして、見覚えのある顔ぶれが続々とシルヴィアの元へ歩いてくる。片腕を失った者。顔がズレている者。首のない者。腹部に穴が空いた者。
最後にやって来た車椅子の少女が、シルヴィアと目を合わすなりつぶやく。

「厚顔無恥もいいところね、私たちを殺したくせに」

シルヴィアは、少女達の正体に気づく。
彼女達は、幻の存在ではない。シルヴィア自身が『正義』の継承の際に衝突した者達。全てを救うという『正義』の理想に反して、見殺しにしてきた被害者であり、犠牲者達だった。
いわばこれは、敗者の行進であった。

「申し開きがあるなら聞いてあげるわ」

車椅子の少女が、棺桶の中のシルヴィアに詰め寄る。

「あれは……仕方がなかったことだ」

「それが『正義』? 私たちを見殺しにしたのは、『仕方がなかった』こと?」

「それは……」

「自分だけが生き残ればいいなんて、そんな『正義』許されるのかしら?」

車椅子の少女は、シルヴィアの矛盾を的確に突いてくる。
『正義』は、そしてレンハートの血脈には、すべての命を救う責務があると教えられてきた。だが、その理想から目を背け、『正義』とは言いがたい行動を過去に取らざるを得なかった。
シルヴィアに課せられた、正義の呪いだったのだ。

「すべての命を救う責務ですって? 笑わせるわ、あなたの理想なんて、初めっから破綻しているのにね」

「……では、どうしろと言うんだ」

「そうね、あなたの言う『正義』を遂行して? 無限の苦痛と失意の底にある私たちを、あなたの『正義』で救ってみせて?」

候補者の少女達の手には、剣が握られていた。片腕のない者も、首のない者も切っ先をシルヴィアに向けている。剣を持てない者達は、魔術めいた詠唱と共に、シルヴィアの頭上に幾つもの白銀の剣を浮かび上がらせる。

「やめろ……!」

シルヴィアの肩に、白銀の剣が突き刺さった。肉を骨を引き裂く鈍い痛みに、冷えた鉄と、流れ出る血の生ぬるい温度。

「あぐっ……!」

頭上の剣がシルヴィアに降り注いだ。白銀の剣は電撃のようにシルヴィアの手足を貫き、候補者達も剣を振るい始める。皆、急所を狙うような真似はしない。シルヴィアを最大限に苦しめるため、指先や脇腹を何度も突き刺し、斬りつける。

「はやく救ってみなさいよ、シルヴィア。私たちが味わった絶望を、あなたの自己犠牲で受け止めなさい!」




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