幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_05

「ルーシア、そろそろ起きなさい?」

懐かしい女の声がして、硬いベッドから起き上がった。見慣れた木目の壁とすえた匂い。それに混じる美味しくない麦粥の香り。
寝ぼけ眼をこすって兄弟達の待つ食卓に座り、ドロドロの食事にスプーンを突っ込んだ。見たくもないけど食べ物なんてこれくらいしかないから、無感情で口に運ぶ。
やっぱり美味しくない。

「午後の天気は分かる?」

決まりきった問いかけに、私は窓の外を見る。快晴の麦畑を一瞥して、感じたことをそのまま答える。

「……しばらくしたら曇って雨が降る。かなりの長雨になりそう」

「正解。でもちょっと間違い。雨は明日の朝止むわ」

女は微笑んで私の頭を撫でた。逃れるように頭を動かし、もう一度空を占うと、確かにそんな気がする。私が迷っていたから、占いが狂ってしまったみたい。

「ふふ、私の勝ちね。じゃあ、水を汲んできて?」

「……ずるい。勝てっこないの知っているくせに」

この女――私の母親は類まれな占い師で、タロット使いだった。
天候ひとつで食うか飢えるかが決まる時代、人々にとって正確に天気を知ることは死活問題。毎年農繁期になると、多くの人々が母親の元を訪ね、作物の豊凶を占ってもらっていた。
そんな母親と同じ能力は、数いる兄弟の中でも私だけに強く受け継がれていた。けど、その差は歴然。私は毎日水汲み当番だった。

そんな魔女みたいな母親のことを私は――。
そう、心のどこかでは尊敬していたのかもしれない。
人々のために働き、多くの信頼を集めて幸せに暮らしていたけれど、そんな絵に描いたような幸せは、所詮絵に描いたものでしかなかった。

「こいつが魔女だ、連れて行け!」

水汲みの帰り、私は怒声を耳にして物陰に身をひそめた。そこに居たのは白の法衣をまとった集団。門戸を破壊し「魔女を狩れ!」と口々にはやし立てる。集団は母親を家から引きずり出し、兄弟姉妹達の残る家に火を付けた。
日照り続きだったからか、家はとてもよく燃えた。私は母親の絶叫と兄弟達の悲鳴が業火にかき消されていく様を黙って見ていることしかできなかった。

「娘をどこに隠した!」

連中は、次は私を探し始めた。逃げ出したが、子どもが大人に敵うはずもない。抵抗むなしく捕らえられた私は、母親同様、村の広場に磔にされた。

「……お母さん」

「ルーシア、ごめんね……。あなたを巻き込んでしまって」

呪いや占いみたいな得体のしれない力を怖がった権力者達は、魔女や占い師を次々と『魔女狩り』して回っていた。
私と母親には何の罪もない。でも、権力者達の不安を和らげるためだけに罪を着せられ、焼き殺される。それがこの時代の真理だった。

「魔女め! 死ね!」

広場に集った村人達は、石を投げてくる。見ず知らずの村民から顔見知り、親しくしていた人々まで、こぞって魔女を攻撃する。

でも、悲しくはなかった。私は知っていたから。
連中に逆らえば、魔女の仲間と決めつけられて殺されることを。みんな我が身が大切で、魔女の家族なんてどうでもいいことを。死にたくないからと、世話になった恩を仇で返していることを。

人間なんて所詮、そんな連中だということを。

そして、足元に火がつけられる。この世の理不尽に巻き込まれて、私は死ぬんだと悟った。だから、私は全てを恨んだ。法衣の連中も、村人も、それからこの世全ての人間という存在を。

「……ルーシアを、助けてほしい」

『その願い、聞き届けた』

燃え盛る炎の中で、母親と、それに呼応する声が確かに聞こえたことだけは覚えている。
そこから、私は変わってしまった。

肌を焦がす火あぶりの熱を感じなくなる。消えろと念じると炎は消える。手足を幾重にも縛る縄は、切れろと念じると、刈り飛ばしたようにちぎれた。
どういうわけか、私は自由になった。でも、連中は許すはずもない。「魔法だ」とざわめき、連中は剣を抜いて迫ってきた。
私は目を瞑り、念じた。
ただ一言、死ねと。

うめき声と悲鳴が同時に聞こえた。目を開けると、足元には剣を握ったままの腕が転がっていた。そして、二つの塊が落ちてくる。それが人間の頭だって分かったとき、自分に宿った力を理解した。
私は、魔女になった。
連中は、とにかく魔女を殺そうとしたけど、私の敵じゃなかった。
槍を持つ兵士が居たから、ねじ曲がった槍に串刺しにされて死ねと念じた。その通りになった。太い鍼で縫い合わせた、なめし革みたいになった。
白い法衣の連中は、肥えた体を転がして、意味のない言葉を唱えていた。うるさく喋る鶏の卵みたいだと思ったから、卵を割るみたいに拳を握りしめてやった。その通りになった。ぐちゃっと割れた卵みたいに、殻から中身が漏れ出ていた。
連中を革細工と割れた卵に変えた私は、村人達を見た。占いなしには満足に生きていくこともできないくせに、私を裏切ったどうしようもない村人達。
こいつらだけは、自分の手で殺してやりたいと思った。どんな人間だろうと殺す死神みたいに、平等で無慈悲な死を与えてやりたかった。すると、私の手に巨大な死神の鎌が現れた。
迷いはなかった。村人の首をはねた。次に胴を、腕を足を指先を横に縦に斜めに、人間という人間を殺せる限りに殺し尽くした。
天気占いは当たった。村には、血の雨が降った。

「……お母さん?」

私は、倒れていた母親に駆け寄った。でももうこの時には、母親は壊れていた。

『……死ね、『死神』の血筋めェッ!』

母親は、私の首を締めた。その瞬間、母親が話に聞く死神の姿に見えて、私は言葉を失った。
裏切らない人間も居るって、信じたかったのかもしれない。でも、そんなものは結局幻想で、唯一の希望だった人間すら私を裏切った。
ここで死ぬんだと思った。
殺しすぎた罰なんだと思った。
普段は何もしてくれないクソッタレな神さまのくせに、罰だけは容赦なく与えてくれるなんて最悪だった。
許さない、全てを許さない。

「もう何もかもみんな、死んでしまえばいい」

「死に急ぐには少々早すぎますよ、お嬢さん」

私を迎えに来たのは、メーガンと、エティアとアリエルだった。母親は『死神』のエレメンタルタロットを私の体内に残して、三人のタロット使いから逃げおおせたらしい。
こうして私は、『死神』のルーシア・ナイトウォーカーとなった。
後になって、母親にダエモニアが憑いていたと分かったけれど、人間だろうがダエモニアだろうが、私がやることは変わらない。

「ああ、ルーシア。実は知らせたいことがありましてね」

突如として現れたメーガンに、私は適当に返事をする。

「……何?」

「逃走した母親の足取りが掴めましたよ。さて、どうしますか?」

相手が人間でもダエモニアでも、答えは殺す以外にない。
私がメーガンに――いや、メーガンのまがい物に言ってやる言葉は決まっていた。
だって、こいつはメーガンじゃなく、ダエモニアだ。それも、人の記憶を盗み見て、過去の古傷をえぐってくるような悪趣味で下世話なタイプ。
この手のダエモニアのほころびは、心の外側から人間を操るために利用する、依代の存在。私の精神世界には、他人なんて存在していないから、依代はすぐに分かる。
死神の鎌を振るって、メーガンの首を切り飛ばした。地に落ちた顔は、不気味に笑っていた。

「……無駄よ。私の心は、もうとっくに壊れているから」

見飽きた片田舎の景色は、アスファルト舗装へ戻っていった。私は、アストラルクスの空を眺めて歩き出す。

やっぱり、あの時の天気予報は私の方が正しかった。
あの日から降り始めた心の雨は、未だにやんでいないのだから。




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