幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_06

天井に描かれた聖人の絵が、シルヴィアに慈しみ深い視線を落としていた。だが、天井画の祈りによって、シルヴィアが救われることはない。

「どう? 私たちを犠牲に手に入れた『正義』の感触は?」

「……やめて、くれ」

シルヴィアは棺桶から引きずり出され、祭壇に横たえられていた。
その全身に『正義』になれなかった者達の剣を体中に突き刺されても、シルヴィアの意識は消えることなく冴え渡っていた。明瞭な意識は、四肢を貫く剣の冷たさ、重み、そしてあまりに耐えがたい痛みをさらに増幅させている。

「認めなさい。あなたは『正義』に相応しい存在ではないと。自分勝手な正義感を振り回しているだけの歪んだ存在だと」

「それは……」

車椅子の少女は、言いよどむシルヴィアに剣を突き立てる。何度となく繰り返される、終わることのない串刺しによる責め苦。意識を飛ばしてしまえればどれだけよいだろうか、とシルヴィアが考え始めたその時、教会の扉が開かれた。
大理石を削り出したフロアを悠々と踏みしめる者の姿は、シルヴィアには見えない。

「あらあら、他人の夢に入ってくるなんて。無作法ね」

車椅子の少女に、侵入者は答えない。
長椅子の並んだ通路を歩みを止めることなく進みながら武器を振り回し、少女達の命の灯火を、淡々と吹き消していく。
その姿は、まるで死神だった。
最後に残った車椅子の少女の首を刈り飛ばした彼女は、天井画を見上げたままのシルヴィアを一瞥した。

「ルーシア、か……」

「手間を掛けさせないで」

シルヴィアは、自分に迫る鎌の軌跡を目で追った。
死によって責め苦から逃れられるのならば、と。赤黒く輝いた死神の弧に期待を込めて。

シルヴィアの視界に、紫色の曇天が広がっていた。
体を突き刺す剣の痛みはない。肩や腕に空けられたはずの風穴は、はじめから傷などなかったかのように、綺麗にふさがっている。

「そろそろ起きたら?」

ルーシアに脇腹を蹴られるも、痛みは一瞬で引いた。いつまでもシルヴィアを苛む、教会で味わった苦痛とは違う。より現実感のあるものだ。
ようやくにして、あれが趣味の悪い夢だったと理解したシルヴィアは、恐る恐る立ち上がる。全身は繋がっている、穴も無ければ血も出ていない、五体満足な姿で。

「……すまない。助かった」

「あなたの上司に頼まれただけ」

ルーシアはそれだけ告げて、足元に転がる死骸を蹴り飛ばした。
散らばっている大量のダエモニア兵は、シルヴィアが眠っている間にルーシアが蹴散らしたものだろう。コアごと真っ二つに両断された残骸が、それを物語っていた。

「あら、やっぱり目を覚ましちゃったのね?」

シルヴィアの前に、女が現れた。
夢に現れた車椅子の少女に似た、煽情的な声色。
シルヴィアに見せるゆがんだ笑顔が、夢の中で見た女の顔と重なる。

「どう? 私のこと、思い出してくれたかしら?」

「……ああ、思い出したよ。お前はあの時の、私と『正義』を争った候補者だな」

候補者の少女達の幻影を率い、シルヴィアの体に無数の剣を突き立てた少女。
その正体は、かつて『正義』の試練の中で両足を失い、候補を辞した者だった。
女はシルヴィアの答えに満足したように笑うと、太ももに忍ばせていたホルスターから拳銃を抜いた。流れるような動作で、銃口をシルヴィアに突きつける。

「理解できたなら話は早いわ。あなたの『正義』は穢れている。その『正義』、私に譲りなさい」

「……そんなことは不可能だ」

「あら、試してもないのに?」

女はシルヴィアから視線を外さない。銃口を向けたまま、シルヴィアとルーシアの元へ近づいてくる。
無言で鎌を構えたルーシアを見て、女は引き金を引いた。たとえ弾丸だろうと、それが通常の武器であればアストラルクスでは何の効果もない。物質世界の武器や兵器は、タロット使いには通用しないからだ。
しかし、女の弾丸はアストラルクスの地面をめくり上がらせた。
それは、通常武器を超越したダエモニアの弾丸。それを証明するために、今度はルーシアの鎌に向けて発砲する。

「……っ!」

弾丸と鎌が激突し、金属音を立てた。
鎌が折れることはないものの、通常の弾丸を凌駕する勢いに押され、ルーシアはわずかにひるむ。
威嚇射撃を終えた女は、次はシルヴィアの眉間に狙いを定める。
対タロット使いに特化したシルバーバレットであるダエモニアの弾丸。この威力と射撃精度が相手とあっては、デュランダルでさえ長くは持たないかもしれない。

「大人しく『正義』を渡してくれたら、殺すまではしないわ。そうねぇ、両足を吹き飛ばすくらいで、許してあげる」

女は瞬時に腕を下ろし、シルヴィアの足先に弾丸をねじ込む。着弾の衝撃がシルヴィアのつま先をしびれさせた。

「それともやっぱり、ここで死ぬ?」

銃口は再び眉間へ。引き金に掛けられた女の人差し指が、ゆっくりと動いた。

一瞬だった。
突如、目の前の拳銃が両断された。切断面から除く機械的な整然さを持った内部構造は途端にゆがみ、女が握っていた拳銃は泥でも掴んでいたかのように溶解した。死にゆくダエモニアがそうであるように。

「残念だが、私はお前なんぞと仕事する気はない」

武器を失って丸腰になった女の隣に、ヴァネッサが現れた。

「シルヴィア様ぁ~っ!」

名前を呼ばれて振り向いたところに、ミレイユが抱きついてくる。
そして、先行するミレイユを追いかけるように近づいてくる他のタロット使い達の姿も見えた。

「シルヴィアちゃん、よかった……」

「だから言ったろ? ただの夢なんだから心配すんなってさ~」

瞳に涙を浮かべる万梨亜に、エレンは軽く笑ってみせる。
その背後には、メーガンと雫の姿も見えた。
航空機から落下する際に分断されたタロット使い達が、ようやく一箇所に集まった。

「タロット使いでもないのにアストラルクスに居る。ダエモニアでできた妙な武器を使っている。シルヴィア、こいつは誰だ?」

「……古い知り合いだ。なぜここに居るのかは分からないが」

「なるほど、タロット使いくずれって所か」

女の素性について理解したのか、ヴァネッサは鞘に手を掛けた。
居合の姿勢を取り、不穏な動きを取れば引導を渡せるよう身構える。

「じゃあ、吐いてもらおうか。お前と、この施設の関係をな」

「あら、もう潮時なの? つまらないわね」

タロット使い達に追いつめられた今、もう手はない。そう判断したのか、女は両手を挙げた。しかし、観念した様子はない。タロット使いひとりひとりの顔を見渡して、不気味に笑い出す。

「ふふ、たくさん集まってくれたのね、私の、エレメンタルタロット……」

女は恍惚とした表情で、さらに続ける。

「あなた達、タロット使いの優秀な血統なら、誰でもいい……。ねえ、誰か私の子供を生んで? それも、とっても優秀な子供を。その体があれば、私はタロット使いになれるの……」

「バカなことを言うな!」

シルヴィアの恫喝に、女は表情を変えて掴みかかってきた。
その形相は執念と嫉妬だろうか、ただの一点の曇りもない狂気に満ちていた。

「私は、タロット使いになるの。そう宿命づけられてきたのよ、貴方と同じようにね!」

女はシルヴィアを突き飛ばし、タロット使い達から距離を取り、両手を広げた。
途端に、女の周囲の空間が歪んでいく。紅茶とミルクが混ざり合うような渦があちこちに現れ、やがてそれらは無数の穴となった。
その穴から現れたのは、数多くの人工ダエモニア達。ポーン駒やナイト駒の歩兵部隊、ルークやビショップなどの兵器級ダエモニアが次々と姿を見せる。

普通の人間がダエモニア化した場合、アストラルクス側からでは突如出現したかのように見える。まるで、種が自然に芽吹くように。
しかし、この穴は違っていた。ダエモニアはその穴からのみ出現する。まるで、そこを通った人間を、強制的にダエモニア化してしまうかのような、物質世界とアストラルクスを繋ぐ通路。シルヴィアの目には確かに、渦の向こう側に居る人間の姿を見とめた。

ダエモニアを操るだけでは飽きたらず、人間そのものを強制的にダエモニア化させる。
そんなことができると思われる人間は、この世にはひとりしか居ない。

「まさか、お前がオーキスなのか!?」

大軍の先頭に立つ女は、シルヴィアの問いかけに笑いながら答えた。

「そうだとしたら、どうするの?」




TOP