幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_07

識別コード、『オーキス』。
政財界に太いパイプを持ち、ダエモニア研究を推進しているとされる人物。その存在すら怪しまれる実態は、まさに正体不明だった。
少なくとも、この時までは。

「貴様……! どうしてこんなことを!?」

自らをオーキスと名乗った女は、シルヴィアの恫喝に意味深な微笑みを返し、無数のダエモニア兵を喚び出した。
その隊列は、試合開始直後のチェス盤のように整然としていた。等間隔に横並びするポーンとナイト。その奥から砲身を向ける戦車のルーク。上空を舞う戦闘ヘリのビショップ。
そして、不在のキングとクイーンに代わって盤上を統べるのは、元『正義』の候補者。

「どうして? 理由がないと、いけないのかしら?」

女の合図に、ナイト駒が各ポーン駒に指示を出す。すると、ポーン駒の両腕は長い銃身へと変形。無数の銃口が、シルヴィア達をにらみつけた。
彼女は真意を語らないが、思惑は察しがつく。退路を絶ち、ダエモニアの弾丸で押し潰す飽和攻撃が狙いだろう。

「ワケありのようですが、まずはこの状況を脱しましょう。全滅したくなければですが」

動いたのはメーガンだった。
首の骨を鳴らしてから、指先に意識を集中し、渇いた音を響かせる。
それと同時に、一糸乱れぬ銃声が包囲陣の内側に轟いた。

放たれた銃砲弾は、すべて円の中心へ収束。幾万発ものダエモニアの弾丸が空間に飽和し、アストラルクスを死で覆いつくしていく。
だが、変化が起きた。空間がねじれたのだ。
ホールケーキからわずかなピースを切り分けるように、包囲陣のごく一部を、メーガンがねじる。ねじれた空間を飛ぶ弾丸はタロット使いを外れ、軌道を変更される。向かう先は、別の弾丸。そして両者は激しく激突し、周囲に光と熱の雲を作り上げる。

「な、なんですのこの爆発は!」

ミレイユの問いに答えたのは雫だった。

「お得意の空間いじりで弾丸同士をゴッツンコさせたんだろう。正直、スパコン並みの演算能力じゃね?」

「ええ、さすがに骨が折れましたよ。雫、あとは任せても?」

瞳を充血させたメーガンは、自らの腕を庇って雫に命じる。
待っていたとばかりにニヤリと笑った雫は、袖の中に隠していたスマホを取り出す。

「よし、試したいアプリがあったんだよ!」

そう言って『隠者』のエレメンタルタロットを掲げた途端、雫の姿は視界から消えた。
それは、一時的に姿を消す事ができる、『隠者』のタロット使いの特殊能力。
その力によって誰の目にも留まらなくなった雫は、悟られることなく隊列の中へ。そして、指揮官のナイト駒だけを魔改造スマホのスタンガンアプリで気絶させ、指揮下にあるポーン駒を木偶人形に変える。
発砲してこない置物のダエモニアなど、脅威ではない。包囲陣形のわずかな部分に生まれた綻びを、エレンとルーシアは見逃さない。

「ルーシア、ついてこい!」

「……勝手にやってて」

ルーシアの振るった鎌は音速を越え、ポーン駒をえぐる。ダエモニアのコアのみに傷をつけ、死者の列を作り上げる。
ルーシアを迎撃しようとしたダエモニアには、エレンの稲妻が降り注ぐ。青白い雷光が、草木が根を張るようにダエモニアの体躯を伝って、炭化させていく。
隙あらば全力で潰す。精神を揺さぶられる攻撃を受けながらも、悪魔の部隊には動揺している様子は見当たらない。

「ボサっとするな、私らもやるぞ!」

ヴァネッサが抜刀と納刀を繰り返し、遠くのナイト駒の首を居合で次々とはね飛ばす。
だが、気をはいているのはヴァネッサのみだった。

「デュランダル、なぜ来ない!?」

憔悴している万梨亜を庇うシルヴィアだが、デュランダルを展開できない。
防戦一方の中、ミレイユが盾を展開する。

「シルヴィア様、ここは私がっ!」

普段のミレイユに比べると小ぶりな盾は、精神攻撃の影響を受けて脆くなっていた。弾丸の雨によって無数のくぼみができる。長くは保たないだろう。
戦わなければならないと、ミレイユの影で万梨亜は覚悟を決める。

「戦うしかないのなら……。フェニックスちゃん、力を貸して!」

祈るしぐさを見せた万梨亜の傍らに、小さな不死鳥が現れた。
素早い動きでダエモニアの弾丸を引き付ける。手薄になった今が好機だった。

「もらった!」

弾幕が薄くなった今ならば、デュランダルが居らずとも戦える。
シルヴィアは白銀の剣に力を込めて吶喊、ダエモニア兵のコアを突き刺した。

手応えはなかった。
代わりに、生身の肉体を貫いたような、重くて生ぬるい懐かしい感覚がシルヴィアの両手に走る。

「な……!?」

シルヴィアが貫いたダエモニアは、正義の候補者にそっくりなダエモニアだった。

「気づいちゃった? この子達ね、会いたい人に変身するのよ」

周囲のダエモニア兵が、チェス駒から人の姿に変化していく。
シルヴィアの眼前にかつての少女達のレプリカが現れるまで、さしたる時間は掛からなかった。

「悪趣味だな」

「あら、感動の再会でしょう? あなたのお友達で、試してみましょうか?」

女は、万梨亜へ視線をやる。
万梨亜の周囲に居たポーン駒の集団は、ねじれながら小さくなり、白亜の体を濃紺に染める。ねじれた部分は茎になり、駒の頭が『開く』。
アストラルクスに、無数のアイリスが開花した。

「あなたに会いに来たのよ、優希万梨亜さん。今度は本当の再会よ」

呼び止められた万梨亜は、再び女の瞳を見つめてしまう。
瞳に映った悪夢を見せられ、万梨亜は女生徒達のなれの果てに吸い寄せられていく。

「ああ……。やっぱりみんな、生きていたんですね……。会いに来てくれて……」

「目を覚ませ、万梨亜! くだらない小細工に惑わされるな!」

夢と現の境界線上にある万梨亜をかばいながら、駆けつけたシルヴィアが剣を振るう。
しかし、女は行動を止めない。

「シルヴィア。あなたの相手は、この子たちでしょ!?」

飛び込んできたレプリカの少女の太刀筋を見てシルヴィアは気づいた。予備動作も隙も、あの頃から何も変わっていない。ダエモニアであること以外、完璧なコピーだった。
だが、弱点を探るうちにシルヴィアは驚愕する。レプリカのコアは右腕の付け根。
奇しくもそこは、オリジナルの少女が欠損した部分と同じ。
シルヴィアは、試練を再現せざるを得なかった。

「そう言えば腕を落とされた子が居たわねぇ。じゃあ、この子達のことは覚えてる?」

次々と差し向けられるレプリカ達は、姿こそ人間だがダエモニアだ。ダエモニアを相手に躊躇してはいけない。
だからシルヴィアは、記憶を頼りにレプリカの腕を、首を、胴を斬り落とす。
殺すのは簡単だった。しかし、殺すたびに、思い出したくない過去を呼び起こされる。

『正義』の試練として過酷な殺し合いをしてきたことを。
『正義』の道に反しながら、命の危機を見過ごしてきたことを。
そして今、矛盾を抱えたまま『正義』として戦っているということを。

「そう。あなたは『正義』になるために、そんな風に殺して回ったのよね。『正義』のくせに、この子達を簡単に見殺しにしてたもの。ダエモニアなら、なおさらよね?」

「違う、私は……っ!」

シルヴィアの返答に聞く耳など持たず、女はレプリカから奪った白銀の剣を構える。緩やかな助走から一気に距離を詰め、二本の白銀の剣が激突した。

「他の候補を殺してでも『正義』になりたかったんでしょう? そのためなら『正義』の責務を犯そうが、救える者を見殺しにしようが、なんだっていいんでしょう?」

「……黙れ!」

粘りつくような女の剣術は、記憶にこびりついていた。
彼女は、試練の中でシルヴィアが唯一辛酸を嘗めさせられた相手。『正義』の血も濃く、シルヴィアでなければ彼女と評されるほどに将来を嘱望されたもう一人の『正義』だった。
両足を切断されてさえいなければ。

「また目を背けるの? 自分が犯した罪から。『正義』に反した過去から。あなたが殺した少女達から」

見慣れた白銀の軌跡。シルヴィアは過去の経験から、彼女の弱点を把握していた。身長の高さゆえに死角となる足元から、剣を跳ね上げる。シルヴィアの切っ先は、女の持っていた剣を弾き飛ばした。

「それがあなたの正体。己の矛盾に背を向けて、間違った正義感を振りかざしているだけの、ただのかわいそうなタロット使い!」

「黙れええええっ!」

シルヴィアは、女の弱点である足を引き裂いた。
崩れ落ちた彼女は義足ごと切断され、地面に赤い血だまりを作り出す。

「あはっ、まだ痛いわ……。昔を思い出すわね……」

両足を切断されながら、狂ったように笑う女の首筋に、シルヴィアは剣を当てる。

「お前の負けだ! もう諦めろ!」

「……いいえ。これから始まるのよ。私の復讐がね」

その瞬間、女の体が水風船のように弾けた。血を薄めたような薄桃色の液体が地面を覆い、施設全体へ、そして重力を無視して上空へ立ち登る。
液体は薄い膜になり、周囲の建物すら飲み込んで、肉腫のように腫れ上がる。
やがてそれは生々しい薄桃色となって、タロット使い達をアストラルクスに封じ込めた。

「逃がさないわ、絶対にね……」

タロット使い全員を封じ込めるダエモニア。
それが、女の正体であった。




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