幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_08

「自らの意志でダエモニアになったとでも言うのか……」

正義の候補者――だった女は、タロット使い達だけでなく、その場に残っていたダエモニア兵や戦車、戦闘ヘリ、建屋に至るまで、生物無生物の区別なくその薄膜の中に等しく包み込んだ。
敵は動きを見せない。薄膜となったダエモニアも、その場に居たダエモニア兵も、不気味に佇んでいた。その静寂の中、天高くにある薄桃色の天蓋だけが一定の周期で揺れ動き、まるで生物の内側に居るような錯覚と、奇妙な懐かしさを感じさせる。

「これは、術中にハマったか……。シルヴィア、膜を斬るぞ。手伝え」

ヴァネッサの提案に従って、生々しい律動を繰り返す薄膜を切り開く。縦に袈裟斬り、横に切り払うと十字に裂ける肉の膜。しかし、膜はすぐに再生、傷跡は十字のミミズ腫れを残して塞がってしまった。

「コアを潰さなきゃ再生し続けるってことか」

ヴァネッサは、はるか上空に浮かんだ剥き出しのコアを見て呟いた。
ヴァネッサ同様、天を仰いでいたメーガンは、コアに向けて手を伸ばす。だが、たとえ空間を捻じ曲げても届かないと悟ったのか、手を降ろす。

「ルーシア、あれを」

メーガンの言葉で、ルーシアは地面を蹴って飛び上がった。高高度に浮かぶコアめがけて加速するも、ダエモニアによる迎撃に阻まれる。だが、ダエモニア兵とて無限の射程を持つわけではない。高度を上げるに従って弾幕のカーテンは薄くなっていく。
だが、そうやすやすとコアを潰させてはくれない。

「……っ」

ルーシアの頬を白銀のナイフが掠める。
眼前に現れたレプリカの少女は、ルーシアめがけ大量のナイフを投擲する。レプリカを狩ろうとするルーシアだが、『死神』の鎌は空を切るばかり。

「……速い」

一方、地上ではダエモニア兵が変容を始めていた。
地上のチェス駒ダエモニアは、溶け出し、混ざり合っていく。その姿は、駒を適当に重ねただけの造型から、均整の取れた人間のものに。うごめくダエモニアは、部位に合わせて質感を変え、皮膚や爪、衣服の布地、さらには細やかな髪の毛の一本まで巧妙に擬態してみせる。

シルヴィアは、目の前で起こっている光景を呆然と見つめていた。
確かに、ダエモニア兵の絶対数は減った。
しかし、代わりに現れたのは、ダエモニアの能力を束ねて、より強力になった正義の候補者のレプリカ達。
シルヴィアの因縁の相手だった。

「ちったあ骨のある相手が出てきたな! 先手必勝!」

瞳を閉じて立ち尽くす、生まれたばかりの少女達。
動き出す前に潰そうとエレンが雷撃を放った時、少女達は一斉に目を覚ました。
広範囲に伸びる稲妻をかいくぐった三体のレプリカが、エレンに狙いを定め、急接近する。
大振りな遠距離攻撃の弱点が近接戦闘であることを、レプリカは知っていた。なぜならそれは、『正義』の試練に関わった者ならば誰しも知っている、戦闘の常識。

「かはっ!?」

接近した三体のうち、もっとも小柄なレプリカがエレンの鳩尾に拳を叩き込む。不意の一撃にエレンは昏倒し、その場にうずくまってしまう。
レプリカの少女は、『正義』の戦闘マニュアル通りに白銀の剣をエレンの首筋めがけて振り下ろした。
その刹那、エレンの体を抱くようにミレイユが回りこむ。瞬時に盾を展開して、白銀の剣を受け止める。

「し、シルヴィア様っ! な、何ですのこのダエモニアはっ!?」

「……こいつらは」

シルヴィアは、発生したレプリカを目で追うことしかできなかった。
ツーマンセルで行動するレプリカに対して、万梨亜は召喚獣を総動員。フェニックス、フェンリル、ユニコーンと立て続けに召喚する。
しかし、レプリカは機敏であり、戦闘に慣れていた。まるで、召喚獣や幻獣を相手にした戦闘術を、かつて学んでいたかのように。
各個撃破、エレメンタルタロットに送還される召喚獣達。遮るものを突破したレプリカ達は、次に召喚獣を呼び出す召喚士を狙いに来る。

「きゃあっ!?」

エレンと同じ、鳩尾への一撃。
レプリカが、敵を殺すよりも戦闘能力を奪うことを優先するのは、魔術師の常套手段――自らの死を引き金に、敵を道連れにする類の呪いを警戒してのこと。
シルヴィアにはそれが分かる。なぜなら自らも、そう教わってきたからだ。

「退きな、ミレイユ。万梨亜とエレンを守ってやれ」

「わ、分かりましたわ!」

ヴァネッサは、万梨亜とエレンを自らの背後に下げさせる。
そして、ヴァネッサは音もなく抜刀。殺すことだけを考えているであろうレプリカの首を飛ばそうとする。
だが、ヴァネッサの刃が鞘に戻ることはなかった。抜いた刃はレプリカの白銀の剣に受け止められたのだ。

「こりゃ、確かに骨のあるやつみたいだな?」

鍔迫り合いを続ける日本刀とクレイモア。
ヴァネッサは大きく腰を動かし、全体重を剣に乗せる。急な重心変化にレプリカがよろけた隙をついて、柔術の要領で軸足を払う。バランスを崩して地面に倒れるレプリカの両足を切断した。

「ったく、どでかいコアがぷかぷか浮かんでるってのにな! メーガン、部隊を一箇所に集めろ!」

メーガンが返事代わりに指を鳴らした。透明化していた雫がその姿を現し、三体のレプリカに追われながらルーシアが急降下してくる。

「珍しいですね。ルーシアが苦戦するとは」

「あー、戦闘要員があのザマじゃ私には無理だな。はい撤収撤収!」

「撤収できれば苦労はしませんわ!」

ヴァネッサとメーガン、ふたつの部隊がそれぞれに背中を預け合う。前線に立ってレプリカを退けるのはヴァネッサとメーガン、そして上空から戻ってきたルーシア。後方で敵を撹乱する雫と、負傷者二名を守る盾を展開するミレイユ。
シルヴィアはその輪の中心に立ち尽くしていた。

「『正義』の騎士さん。このダエモニアとワケありのようですね。説明してもらいましょうか?」

メーガンはレプリカを空間ごとズタズタに引き裂きながら告げた。その言葉尻に、常に余裕をたたえたメーガンに似合わない苛立ちを感じる。

「……こいつらは、かつて私が争った『正義』の候補者。その複製品だ」

万梨亜とエレンが負傷し、生命の窮地に立たされているのは、ダエモニアのせいだ。しかし、そのダエモニアを生み出してしまった原因は、憎悪と怨嗟を貯めこんでしまった元凶は。

「……私の責任だ」

「なるほど。つまり貴方の悪しき因果が我々に降りかかっているということですか。『正義』ともあろう者が、いったい何をすればここまでの恨みを買うものでしょうね」

シルヴィアは、メーガンの言葉に唇を噛んだ。
想像だにしなかった、言い逃れのできない事実。それを突きつけられ、シルヴィアは黙りこんでしまう。

レプリカは、シルヴィアと同じ訓練を積んだ候補者の女によって再現された人形だ。その訓練は多岐に渡る。ダエモニアとの戦闘だけではなく、別種のタロット使いを敵として想定した訓練さえ。

「……こいつら、しぶとい」

ルーシアでさえ斬り遅れるレプリカ。コアを狙って一撃死させることができず、腕や足が宙を舞う。
そうした、四肢を欠損したレプリカを見るたび、シルヴィアは思い出す。思い出したくない記憶に呵責される。
レプリカは言葉を発しない。だが、怨嗟の声は全身を打ち鳴らす。

『よくも私たちを見殺しにしたな』
『同じ苦しみを与えてやる』
『貴方を許さない』

「もう、やめろ……。もうやめてくれ……!」

これは、報いなのか。
『正義』を勝ち取るために救える命を救わなかった、その矛盾が招いた報いとでも言うのか。
自らが招いた災禍だというのに。原因は自らにしかないというのに。
そんな自身の報いを、関係のない全員が受けることになるなどと。
認められない。

万梨亜とエレンの苦悶の表情を見て、シルヴィアは膝から地面に崩れ落ちた。シルヴィアの胸中を、絶望が支配する。

「そんな暇があるのならコアの一つでも潰してきてもらいましょうか。こいつらの動きには慣れているんでしょう?」

メーガンの言葉がシルヴィアに突き刺さった。
ヴァネッサも、言葉は違えどもシルヴィアに告げる。

「シルヴィア、お前にしか頼めん。……頼む」

シルヴィアは黙したまま立ち上がり、白銀の剣を光らせた。
タロット使いの陣形からひとり飛び出し、向かってくるレプリカの顔を見る。記憶を辿り、オリジナルの少女がどうなったのか、一切の感情を殺して思い出す。思い出しては腕を、首を、両足を飛ばす。

『救ってはくれないのね』
『救う価値もないから?』
『救う能力がないのよね』

剣から白銀の光が消え、切れ味も落ちる。思念の力が弱まり、デュランダルは喚び出した側から、薄い板金のように切り裂かれる。

しかし、シルヴィアは突き進む。
いや、突き進まなければならない。
報いの責任は、自らの手で晴らさなければならない。
そうでないと、『正義』を否定することになってしまう。

過去と寸分違わぬレプリカの動作。
嫌になるほど経験した体術すら、シルヴィアの過去を掘り起こそうとする。
シルヴィアは、心を覆い尽くす感情を殺し、飛び上がった。
急上昇するシルヴィアに、レプリカはついてこない。レプリカ達は皆上空を見上げ、コアに接近するシルヴィアを眺めていた。まるで、そうすることが目的であったかのように。

『よかったわね、シルヴィア。これであなたは、お友達を救えたわ。私たちを犠牲にすることでね』

脳裏をよぎる女の声に黙れと念じ、こびりついた幻影を振り払って剣を煌めかせる。
そして、目の前に迫った巨大なコアに剣を突き刺す。
コアから吹き出す負の感情の奔流に呑み込まれたシルヴィアは、再び女と対峙した。

『あなたは結局、そうやって生きることしかできないのよ』

コアに剣を深く、より深く突き刺す。
勢いよく流れ出るどす黒い霧に抗うように、剣の柄を握りしめる。シルヴィアの思念が乗った『正義』の剣は、目を潰さんばかりに明るく輝いたかと思えば、悪感情の奔流よりも暗くなるように点滅を繰り返す。
しかし、シルヴィアには思念を制御する余裕などない。ただ目の前のダエモニアを屠ることが正義だと希望し、確信し、実行する。
巨大な球状のコアは、剣を刺しこんだ場所から大きくひび割れる。ダエモニアが貯めこんだ高すぎる内圧は、ほんの小さな綻びを致命傷へと変えていった。
そして、コアは割れた。怨嗟が熾烈な爆発を伴って、無数の破片とシルヴィアを弾き飛ばす。

『矛盾した正義は、いつかあなたを食い破るわよ。楽しみね……』

霧と共に、女は消えた。
シルヴィアに、呪いの言葉を残して。




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