幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第三章/正義の挽歌_09

まぶたの裏に現れた女は、破裂したコアから吹き出した怨嗟と共に霧散した。陰鬱な雰囲気をまき散らした後、薄桃色の天蓋は果実の皮を剥くように、はらりと開く。
薄膜の亀裂から、アストラルクスの空がのぞく。ぼやけた紫色の光はシルヴィアを照らし、地上へとエンジェル・ラダーが降ろされた。
コアの崩壊に伴って、レプリカの少女達は、亀裂からどす黒い霧を噴き出して消滅した。残されたのは、異様に変形し、理解しがたい不自然な溶接がなされた戦車やヘリの残骸。中には、人間が溶接されていたことを伺わせる瓦礫もあったが、真実は因果律の彼方へ消えた。

「…………」

シルヴィアは、ダエモニアの薄膜が開く速度に合わせて、降下した。ひとところに集まっているタロット使い達の声が聞こえてくる。

「万梨亜さん、エレンさん!?」

「う……」

ミレイユの呼びかけに反応して、エレンがうめき声をあげた。万梨亜は声を出すことはなかったが、ミレイユの手をわずかに握り返す。二人とも弱ってはいるが、意識はある。

「メーガン、あとを任せる。うちの万梨亜とお前のトコの若いのを搬送したい」

「ええ。では雫をつけましょう。頼みますよ」

ヴァネッサは万梨亜を背負い、雫はエレンに肩を貸し、何とか立ち上がらせる。そして混沌と破壊に満ちたアストラルクスから、より地獄と化した物質世界へ転移した。
その様子を見送り、シルヴィアは改めてアストラルクスを見渡す。

薄膜は消え、アストラルクスは晴れ渡った。だが、シルヴィアの視界にはいまだ――いや、よりいっそう濃くなった疑念の雲が重く垂れ込めていた。
あの女――かつて『正義』を競った候補者が、どうやってこれほどの施設と、人材を用意できたのか。
セフィロ・フィオーレは、レグザリオは、オーキスについて何を知っているのか。
そもそも、政財界のフィクサーとして徹底して姿を秘匿しているオーキスのような者が、こうもあっさりと姿を現すだろうか。

それだけではない。
オーキスの存在を追って、シルヴィアは自身の過去に直面した。蓋をしていた『正義』の記憶を無理やりに掘り返された。そして、強烈な痛手を受ける。まるでそれが報いだとでも言うかのように。
報いなど認められない。認めてしまおうものなら、あの時、『正義』になるために戦ったあの日々を否定することになってしまう。
そんなことだけは、絶対に認められない。

「シルヴィア様、お怪我は!?」

顔の正面まで、鼻先ギリギリにミレイユが来るまで、シルヴィアの意識は深い記憶の底に落ちていた。
自分が呼ばれていると気づいたシルヴィアは、ボロボロになったミレイユの姿を見て、力なくつぶやく。

「……すまない」

「ど、どうしましたのシルヴィア様!?」

シルヴィアは、自らの非を詫びることしかできなかった。
たとえそれが、シルヴィアにとって逆恨みのような復讐であったとしても。

「おや。しおらしくなったかと思えば、いよいよ懺悔づきましたか」

メーガンは、嘲笑しながら近づいてくる。その語尾は、わずかに怒気をはらんでいるようにシルヴィアには感じられた。

「今回のダエモニアは、少なからず貴方にも原因があるようですが……。こちらの被った人的被害については目を瞑りましょう」

メーガンの発言は、シルヴィアの精神を、そして過去の記憶をえぐるものだった。だが、今のシルヴィアの立場では、投げかけられた言葉を跳ね返すなどできるはずもない。
沈黙を返したシルヴィアを見て、メーガンは『悪魔』のように嗤った。

「というのもシルヴィアさん、実は私、貴方のことを気に入りましてね」

「ぎょえええええ!?」

メーガンの告白に、ミレイユが素頓狂な声を上げた。わなわなと震えるミレイユを無視して大仰に頷いた後、メーガンはシルヴィアにひどく冷酷な視線を投げる。

「まさか『正義』を謳う貴方がこれほどの歪みをその内面に抱えているとは露ほども思わなかったものでしてね。『正義』のくせにあれだけの恨みを買うなど、ちょっとやそっとじゃ……いえ、平凡で面白みのないまともな人間には、まずできない芸当ですよ」

メーガンは凍りついたシルヴィアの表情をあざ笑ってから続ける。

「ですが、まだ遠慮があるようだ。良心の呵責とでも言うべきつまらない道義的なものに縛られていますね。そんなくだらない足枷はとっとと外してしまいなさい。そうして突き抜けて貰えれば、我々はいつでも貴方を歓迎しますよ。ルーシアもそう思いますよね?」

同意を求められたルーシアは、振り返ることなく告げる。

「……どうでもいい。これ以上面倒を起こすなら、殺す」

「おや、こちらのお嬢さんには嫌われてしまったようですが。ではまた後ほど」

言い残し、メーガンはルーシアを伴って姿を消した。
それを確認してから、シルヴィアは腰から地面に崩れ落ちた。気の抜けた人形のように坐すシルヴィアの背中を、どさくさにまぎれてミレイユが優しく抱きしめる。

「わ、わたくしは! シルヴィア様の行くところでしたら、たとえ地獄でもメーガン隊長の部隊へもご一緒します! そ、それだけでなく、こ、こここれからの生涯も、できれば、ごごごご一緒にっ!」

「ありがとう、ミレイユ……」

「そっ、そそそれは肯定のお返事と言うことですの!? 双方の合意が得られたと考えても!?」

心に残った絞りカスのような微笑みをミレイユに向ける。
シルヴィアには、ミレイユが何を言おうとしているのかもう分からない。ミレイユの言葉よりも、先ほどのメーガンの発言が剣となってシルヴィアに突き刺さる。あの時、教会で串刺しにされた夢のように。

メーガンは、皮肉と嫌味をたっぷりと塗り込めた言葉の刃を放った。シルヴィアが『正義』として相応しくないことを、もっともシルヴィアが嫌がる方法で。
それは、候補者の女から向けられた呪いの言葉でもあった。

しかし、とシルヴィアは否定する。
いや、否定しなければならなかった。
過去に行ったこと。それは、確かに候補者を見殺しにすることではあった。
だがそれは試練の一環だ。試練の一環だったからこそ、そうなることは宿命づけられていたはずだ。仮に自分が選ばれず――あの女が正義として選ばれる事態になっていたとしても、選ばれなかった者は同じ目に遭ったに違いない。
あの状況に置かれれば、誰しも同じ行動を取る。それが、たったひとつだけ存在を許された正解であればなおさらだ。
だから、かつての自分は『正解』を選んだ。その『正解』が正しいことを証明するためには、ダエモニアと戦って勝ち続けなければならない。『正解』を選んで勝ち取った『正義』を振るって、敵を屠り続けねばならない。
もし、『正解』ではなかったなどと考えてしまったら、シルヴィアは壊れてしまうから。

煌々と輝くモニタには、広大な研究施設の航空映像が流れていた。大規模な爆発事故と当局に『説明』したものの、その実、当局には把握できないレイヤーで起こった出来事である。
男は額を覆うように手を当て、含み笑いを浮かべた。

「あのレグザリオが誘いに乗ってくるとはね」

この部屋は、すべてが彼の意のままに操れるようにできている。カーテンや照明、空調の操作は言うに及ばず、欲しいモノを指示すれば届き、会いたい人間が居ればどんな人間でも――一国の指導者だろうが――呼びつけられる。
だが、そんな万能をカタチにしたような彼だからこそ、本当に大切なゲストには気を配る。それは彼自身が課したルールであり、招待される側の彼女にも同じく要求される、一種のドレスコードのようなものだ。

彼は、指を振った。すると、鮮明な航空映像がズームアップし、とある人影を捉える。
輝く白銀の長髪を王冠状に編み込んだ少女。セフィロ・フィオーレに所属する、『正義』のエレメンタルタロットを司る、白銀の騎士。

「そうやって呪いを貯めたまえ。それこそが、君に課せられたドレスコードだ。シルヴィア・レンハート」

彼はもう一回指を振る。モニタは消えて、カーテンが開く。摩天楼の溝から差し込む西日を睨みつけて、誰に聴かせるともなくささやいた。

「呪われた血族は、しっかり呪われてこそ美しくなれるのだからね……」




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