幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第四章/幽客は何処に咲く_02

冷たい廊下の向こう、閉ざされた扉の上に灯る処置中のランプを見上げては、自らの足元に視線を戻す。浮足立った動作を再三続けるシルヴィアの傍らでは、同じく待ちくたびれた舜蘭が寝息を立てていた。
スイッチを切る幽かな音が聞こえ、顔を上げる。処置中の赤いランプが消えたのを確認したシルヴィアは、舜蘭を起こさないように立ち上がり、医療スタッフが出てくるのを今か今かと待っていた。
扉が開き、光が漏れる。その中から、ストレッチャーを押した医療スタッフが現れた。駆け寄ったシルヴィアは、点滴のチューブとバイタルチェック用のコードが幾重にも伸びている万梨亜とエレンを目にする。

「二人の容態は?」

「生命に別状はありません。今は眠っていますが、じきに目も覚めるでしょう」

医療スタッフの言葉に安堵したシルヴィアは、二台のストレッチャーを運ぶ医療スタッフを見送る。その背後から、あくび混じりの舜蘭の声が聞こえてくる。

「そんなに心配しなくても大丈夫だって~」

「そう、だな……」

「ふあぁ~。ひと安心したから寝よ~っと。シルヴィアも寝よ~よ~? ずっと起きてたんでしょ~、眠くない~?」

シルヴィアの身を案じながらもすでに眠りに落ちかけている舜蘭を見て、彼女をいたわるように返答する。

「私はいい、まだやることがあるからな。……休んでいてくれ」

「は~い。おやすみ~……」

もたれるモノがなくなり、舜蘭はソファの上で眠る。まるでネコのようだと頬を綻ばせるも、すぐに気を引き締める。
安堵している場合ではない。自らの過去の因果は、自身ではなく万梨亜とエレンの二人に降り注いだ。何の責任もない二人が、自身が受けるべき報いを受けてしまった。

医療スタッフ達が見えなくなってから、シルヴィアは足元に視線を戻した。
私には、まだやることがある。
ソファで眠っている舜蘭にカーディガンを掛けて、シルヴィアは冷たい廊下を突き進む。万梨亜やエレン達とは異なる方向へ、ある決意を固めて。

何年ぶりだろうか、と教会の石畳を踏みしめながらシルヴィアは思う。
英国。『正義』のタロット使いに縁のある――あるいは因縁のある教会は、時の試練か、はたまた何者かに破壊されたのか、過去の面影は失われていた。頭上から候補者達を見下ろしていた天井画は曇天の空に代わり、石畳の基礎と、衝立程度の機能しか果たしていない壁を残すのみとなっていた。
シルヴィアは、手渡された復路の航空券の日付を確認する。

「あと三日、か……」

数日前、万梨亜とエレンを見送ったシルヴィアは、その足でヴァネッサの部屋を尋ねていた。

「オーキスの影がお前の過去に関係している、ねえ……」

「根拠は説明した通りだ。あの女は、私に恨みを持っていた。おそらく、過去を振り返れば何らかの手がかりがある」

シルヴィアが聞かせたのは、軍需工場で再会した女と自らの関係性だった。かつての『正義』の儀式の説明を、眉間を摘みながら聞いていたヴァネッサは、懲りたように肩をすくませて告げる。

「復讐に血道を上げてるようなら止めようと思ったんだが……。手がかりとあっちゃ、無理に引き止めることもできないか」

ヴァネッサは、シルヴィアの目の前に航空券を二枚放り投げた。

「三日やる。ただし、ちゃんと帰ってこいよ」

シルヴィアは、崩落した石造りの壁に手を当てる。壁から伝わってくる荘厳な圧迫感は、今ではもう感じられない。

「変わったな、ここも」

シルヴィアは、祭壇を前に立つ。横並びになっていた他の候補者達も、少女達を威圧していた大祖父のレンハート翁も、今は居ない。その場に立つだけで蘇ってくる記憶を打ち捨てるように、目を背けるように振り向いた。

「ん?」

その時、崩落した教会の扉を興味深そうに眺める観光客と目が合った。見覚えのある背格好と、地味めながらも不思議な魅力を放つ女性。お互いにまじまじと見つめ合って数秒、声を上げたのはシルヴィアだった。

「お前……、もしかしてクリスティンか?」

「あら? どっかで見た顔だと思ったら、シルヴィアじゃない!」

地味めなメガネを外し、クリスティンが駆け寄ってきた。シルヴィアの両手をがっしりと掴んで無理やり握手すると、テンションに任せてぶんぶんと上下に揺り動かす。

「よかったー、現地に詳しいガイドを探していたの! 行く先行く先マズい料理ばかりで舌がバカになっちゃいそうだから、いいお店紹介してくれない?」

「悪いが他を当たってくれ。……それと、美味いものが食べたいならドーバー海峡を渡った方がいい」

シルヴィアはやけに馴れ馴れしいクリスティンの両手を振りほどき、その脇を通って立ち去ろうとする。しかし、まるでその動きを制するかのように、クリスティンはシルヴィアの腕にまとわりついた。

「え~、硬いこと言わないでさぁ~? 積もる話もあるでしょう?」

「そんなものはない」

「もう、察しが悪いと女の子に嫌われるわよ?」

「……分かった。察しが悪いようだから説明してやる。私はお前と遊んでいる暇はない。ブリテン観光がしたいなら書店でガイドブックを買うなり何なりしてくれ!」

「きゃ~! シルヴィアちゃんが怒った~!」

「怒っていない! 失礼する!」

肩を怒らせて立ち去ろうとするシルヴィアから、クリスティンは離れない。腕を抱き寄せて、シルヴィアの耳元に吐息混じりの囁きを投げかける。

「調べてるんでしょ、オーキスのこと」

思わず仰け反ったシルヴィアは、クリスティンの勝ち誇ったような微笑みを見て察した。彼女の仕事は内偵調査、休暇で英国へ来ている訳ではないのだ。

「……ならば、最初からそう言え。面倒な茶番に付き合わせるな」

「あいにく、茶番が仕事なのよね」

クリスティンは茶目っ気たっぷりにピシっと敬礼を決めてみせた。
シルヴィアはクリスティンに見えるように、逆三角形のロゴが刻印されたキーを取り出す。

「では、付き合ってもらおうか。二泊三日のミステリーツアーに」

「ラッキー♪」

教会の側に停車させていたスーパースポーツのバイクに火を入れ、ヘルメットをクリスティンに投げ渡す。慣れた手つきでヘルメットを受け取ったクリスティンは、そのままタンデムシートに滑りこんだ。背後に、そして腰をくすぐるように巻き付くクリスティンの体温を感じる。

「で、英国の紳士さんは、いつもこうやって女の子を引っ掛けてるのかしら?」

「よく言えたものだな、何の躊躇いなく腰に手を回しておいて」

「あら。紳士は、女の過去を掘り返さないものよ?」

「お前の紳士になる人は大変だな」

「……居るのかしらね、そんな人」

吐き捨てた最後の一言は、茶番ではないのかもしれない。
シルヴィアは聞こえなかったフリをして、スロットルレバーをひねった。甲高いエンジンの回転音にギアが噛み合い、バイクは走り出す。
懐かしい景色と肌寒い風を受けて、シルヴィアとクリスティンは教会を後にした。




TOP