幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第四章/幽客は何処に咲く_03

田園地帯を駆けるバイクは、郊外へ向かって伸びる道路を進む。理路整然と区画整理された森や畑をすり抜け、道は次第に細くなっていく。
シルヴィアはスロットルを握った手を緩め、慣れた操作でシフトを落とす。エンジンブレーキを利かせて停車させた場所は、青々と茂る田園に面した墓地だった。
シルヴィアとクリスティンは、バイクを降りて、朽ち果てた鉄柵で囲われている墓地を一瞥する。

「ねえガイドさん、最初に案内する場所がお墓? センスないんじゃない?」

「ここは、我が一族の墓所だ。私とて、好き好んでこんな場所に来たくはない」

鉄柵の隙間を通って、シルヴィアは墓所に立ち入った。ヘルメットを脱いだクリスティンは、その場に咲いていた花を一輪手折り、シルヴィアの後に続く。

「家出娘のお墓参りってわけだ。ふ~ん?」

墓所に眠るのはシルヴィアの先祖だけではない。そこにはかつてのライバル達も眠っている。シルヴィアはクリスティンの当てこするような発言を無視し、墓標の名前をひとつずつ目で追った。
視線は墓標から墓標へ。墓石に刻まれた名の中には、目を背けたいものもある。名前の綴りを目にしただけで、記憶の奥底から少女の幻影が掘り起こされ、関連した記憶がいくつも連なり流れていく。
五体満足な姿、脱落した瞬間の姿。それは時に棺桶、時に去り際。そして、レプリカとなって襲いかかってきた時の姿も。

「……シルヴィア、顔色良くないわよ。立ちくらみ?」

いつの間にか地面にしゃがみ込んでいたシルヴィアは、クリスティンの問いかけにハッとして立ち上がる。

「いや、もう大丈夫だ。心配はいらない」

「この間の女を探しているんでしょう? アイツの墓ならないと思うけど」

「なっ――!?」

図星をつかれたシルヴィアの不意の表情を、カメラのフラッシュが襲った。やや離れたところで、カメラで撮影したらしいクリスティンが「高く売れそう♪」などと口走る。
シルヴィアは、眉間にシワを寄せてクリスティンをにらみつける。

「お前の目的はなんだ。まさか、嫌がらせに来たのか……?」

「私の仕事は現地調査と疑似恋愛よ。今は前者、目的はあなたと同じ。……それとも、あなたも後者がお望み?」

「あいにく私は、ハニートラップになど引っかからない」

「そう言う人ほど引っかかるものよ」

そう言ってクリスティンは、シルヴィアを『仕事相手』に見立てて胸の中に滑り込む。ふらつくシルヴィアを心配してか、自然と腰に手を回しながらクリスティンは悪戯っぽく笑ってみせる。

「ほら、引っかかった!」

「油断も隙もない女だな……」

「お芝居よ、お芝居♪」

シルヴィアは、クリスティンを引き剥がして墓所の奥へ向かう。墓標と過去を追いかける中、一つの墓標に目が留まった。

「ソフィア・レンハート……?」

ソフィア・レンハート。その名が示す通りシルヴィアの縁戚に当たる彼女は、数多く居る眷属の中でも、失踪者としてその名を広く知られていた。

「何か不自然なことでも?」

「いや……。私の記憶違いでなければ、彼女は失踪したことになっているはずなんだが…」
「そう? ひょっこり帰ってきたのかもしれないわよ?」

「そういうこともあるのだろうが……」

シルヴィアは、墓標を読むために腰を下ろした。
失踪したはずのソフィアの墓石には、夭逝したと思しき死亡年が刻印されていた。記憶にあった失踪年から逆算しても、不自然な点はない。
彼女が生きて帰ったのか、物言わぬ遺体となって戻ってきたのかは分からない。だが、墓がある以上、彼女は誰かに弔われている。
姿も知らぬ縁者に黙するシルヴィアの傍らで、クリスティンは手折った花をソフィアの墓に供える。そのとき、あることに気づいた。

「その蘭の花、綺麗よね。二日経ってるとは思えない」

シルヴィアの足下には、鈴なりに咲いた白い蘭の花が無造作に置かれていた。風で運ばれてきたのかと周囲を眺めても、同じものは見当たらない。
シルヴィアは、透けるように鮮やかな白を保っている蘭を摘まみ上げる。

「何故そんなことが分かる?」

「簡単な推理よ、シルヴィア君。表面に付着した朝露と昼夜の寒暖差から逆算すればね。よほど蘭が好きだったんでしょうね、生前の彼女は」

シルヴィアは、咲き誇る蘭を墓石の上に置く。安らかに眠れと祈りながら。

「それより知ってる? 蘭の別名、オーキスって言うのよ」

「偶然の一致だろう」

「偶然ならいいけれどね」

墓地を出たバイクが向かった先は、農村の道路沿いにある古びた食堂だった。
カウンター席についた二人は、店舗以上に古ぼけた店主が出した食事を無言でつまむ。
所用でカウンターを去った店主を目線だけで見送ると、クリスティンはため息をついた。

「やっぱり味付けが雑よね。塩っぱすぎるか水っぽいの二択しかないのかしら」

頬杖を付いてフィッシュフライをつまむクリスティンに、シルヴィアはテーブル上の調味料バケットを寄せる。
英国式フィッシュアンドチップスは、ケチャップやマスタード、モルトビネガーなどの調味料で好みの味付けをするよう合理化された食事だ。その流儀を何度となく説明しても聞き入れようとしなかったクリスティンだが、さしもの単調な味に飽きてしまったらしい。
ケチャップの瓶を開けて皿に取り出す様子を見ながら、シルヴィアは問いかけた。

「そろそろ教えてもらおうか。偶然を装ってまで私に会いに来た目的を」

「装ってないわよ、偶然偶然。ハッ、もしかしたら運命!?」

唇についたケチャップを舐めとるクリスティンに、シルヴィアは冷たい視線を送る。

「……」

「あら、怖い顔。はい、あーん」

クリスティンは、これでもかとケチャップを塗りたくったフライドポテトを、口封じと言わんばかりにシルヴィアの口に近づける。
頑なに唇を開かないシルヴィアとクリスティンの攻防は、シルヴィアの口がケチャップでベトベトになるまで続けられた。

「もう少し楽しみたかったんだけど、もう時間もないしね」

ねじ込まれたポテトを咀嚼するシルヴィアの唇を紙ナプキンで拭った後、クリスティンは語り始める。

「あなたはこの間の事件の重要参考人だったのよ。あれが『正義』絡みだったから、オーキスもその関係者だろうって推測でね。要するに、泳がせてたってこと。ま、デートだと思えば、ね?」

「……」

「もしかして怒ってる?」

「別に」とにべもなく告げた途端にまとわりついてくるクリスティンをやんわり振りほどき、シルヴィアは続ける。

「……それよりもだ。オーキスを探しているということは、やはり奴は」

シルヴィアの問いかけに、クリスティンは静かに頷く。

「ええ、オーキスはまだ生きている。実際、この間も反オーキス派の代議士が蒸発したばかり。……裏では何人消されたことやら」

自らをオーキスだと名乗った、かつてのライバル。
タロット使い達にダメージを与え、巨大なダエモニアとなってまで復讐を遂げようとした赤いドレスの女。
コアを突き刺した剣から伝う負の感情を、今でも鮮明に思い出す。

「あれでもまだ、生きているということか……」

フィッシュフライに銀色のナイフを突き立てて、シルヴィアがつぶやいた。

「さあ、そこまでは分からないわ。私たちは未だに、オーキスが男なのか女なのか、単独犯なのか複数犯なのかすら分からないんだから」

沈黙が流れる。シルヴィアは突き刺したフィッシュフライにビネガーと塩を掛けて口に運ぶ。黙々と食事に戻るシルヴィアに、クリスティンが歯切れ悪そうに語った。

「……悪かったわ。任務とは言え、あなたを疑ったんだし」

「構わない」

ぶっきらぼうに返事するシルヴィアに、クリスティンは肩を寄せる。そして、誰にも聞かれないような小声でささやき始めた。

「ねえ、ガイドさん。チップ代わりにひとつ教えてあげる。あなたは知らない、とある事件のことをね」

クリスティンは、重い口を開けて語り始めた。




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