幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第四章/幽客は何処に咲く_04

「昔々の話、とある研究が闇に葬られたの。ずいぶん非人道的な研究だったみたいでね」

「よくある話じゃないか」

「それがダエモニアに関する研究だったとしても?」

ダエモニアは際限なく湧き続けるにもかかわらず、その生態の一切は謎に包まれている。この世の大多数の人間には認識すらできないため、研究が進まないのは自明の理。数千年に渡るエレメンタルタロットとディアボロスタロットの戦いが、その始まりから何の進歩もしていないのはタロット使い達の間では常識だ。
例外として霧依はダエモニアの研究をしているようだが、それに学術的価値があるものかどうかは疑わしい。

「初耳だな」

「でしょうね。わざわざメーガンに隠滅させたくらいだから」

「よほど隠したい理由があった、ということか……」

「そゆこと~」

クリスティンは、くしゃくしゃに縮んだストローの紙袋に水滴を垂らす。ふやけていく紙袋を見つめる横顔に、シルヴィアは問いを投げる。

「……待て。なぜお前がその事実を知っている。メーガンが口を割るとは思えないんだが」

「知りたい?」

もったいつけるクリスティンは、胸元を寄せるような仕草を見せた。地味ながらも胸元が開いたクリスティンの服装は、気を抜いているように見えて、しっかりと『武装』していた。

「その手は食わないと言っているだろう」

シルヴィアは、以前の女学院への潜入任務にあたり、クリスティンに師事したことがあった。そのとき、クリスティンが真っ先に教えた方法、それがこの『女の武器』を使うという古典的かつもっとも効果的な方法であった。
女学院への潜入任務だと教えておきながら色仕掛けを教えてきたクリスティンに、シルヴィアは、若干の狂気と、まだ知らない世界の存在を垣間見た覚えがある。

「ん~。そこいらのオジサマなら一撃なんだけどな~」

「お前は私をなんだと思っているんだ……」

「頑固な英国紳士かしら? でも、実はか弱いお姫様かも」

「…………」

「何か言ってよ、恥ずかしいじゃない」

コホンとひとつ咳をして、はだけた胸元を直すと、クリスティンはカジュアルなリュックサックの中を漁りながら続けた。

「とにかく、メーガンは命令通りに証拠を隠滅した。でも、口封じまでは不完全だったの。結果、ゴミくずみたいな情報が残されて、私がそれをかき集めた。この『道具』でね」

クリスティンは胸元に隠し持った『武器』を揺らしながら、乾いた笑いを返す。「男ってバカよね」という自虐めいた呟きで、情報の出所はおおよそ察しがついた。
シルヴィアは問いかける。

「……まさか、メーガンを疑っているのか?」

「確かに食えない上司だけど……。あの人は命令通りに周囲を壊しただけ。わざわざ手がかりを残すような、杜撰なやり方でね」

リュックサックを漁っていたクリスティンは、「あった」とつぶやいて紙束を取り出した。テーブルに置かれた紙束にはいくつもの線が乱高下する図表が印刷されているが、それだけでは何を意味しているのかは分からない。

「これが、動かぬ証拠。メーガンが壊し損なったダエモニア研究の痕跡を、地の底から探し出すのが私の本当の任務だったの」

クリスティンは紙束を一枚一枚めくり、専門用語を交えながら説明する。地形図や地層断面図に金属探知機のデータ、そして地層年代測定結果などを見せた後で、周辺住民のおぼろげな証言をまとめた結果を見せる。
決め手は、天然には存在しえない人工金属元素の反応と、過去に数度あった奇妙な地震。これらの情報を総合すれば、地下深くに何らかの施設が存在したことは明らかだ、というのがクリスティンの弁だった。

「つまり、地下で人知れずダエモニアを研究していた人々が居た。しかし、研究そのものを隠滅せねばならない事態に陥った。……と言いたいのか?」

シルヴィアが確認するも、説明を終えたクリスティンは、身支度を始めていた。地味目なメガネを掛け、ニット編みの帽子を目深にかぶる。

「……は~、フィッシュアンドチップスも飽きちゃった! ねえ、海渡って美味しいフレンチでも食べに行かない?」

クリスティンの次の任務地は、おそらく隣国フランスだろう。おもむろに立ち上がった彼女に、シルヴィアは返事をする。

「お誘いはありがたいが、遠慮しておこう。やり残したことがあるようだ」

「あら、フラれちゃったわね」

残念そうな顔を見せて、クリスティンは出入り口へ向けて歩き出す。去り際の背中に向けて、シルヴィアは言う。

「情報をありがとう。いい手土産を持ち帰れそうだ」

振り向いたクリスティンは微笑み、ドアを開けながら答えた。

「じゃ、アメリカで答え合わせをしましょう。楽しみにしてるわ、貴方の推理をね」

「そちらもな」

実質貸し切りとなった食堂に残ったシルヴィアは、水を吸って膨らんだストローの紙袋に目を遣る。食べかけの食事と、まだ残ったグラス。意味深に置かれたコースターの裏には『今度は本当のデート希望』というメッセージに、連絡先とキスマークが添えられている。

「本当に、掴みどころのない女だな」

そうつぶやき、シルヴィアはコースターをポケットに忍ばせる。
そして考える。英国で見聞きした情報が形作るであろう全体像を思い、思考を巡らせる。

現在から数十年ほど前、地下施設で秘密裏にダエモニアを研究していた者達が存在した。秘匿されていたその研究の成果がどうだったのかは、今となっては分からない。
だが、施設はメーガンによって破壊された。タロット使いが破壊せねばならないような事態を招いたということは、ダエモニア絡みの事件が起こったことは想像に難くない。

では、なぜ。ならば、なぜ。
ひとつの『なぜ』が複数の理由を生み出し、理由は無限に枝分かれしていく。さまざまな可能性が沸き上がり、思考の沼に沈んでいく。
結論を出すことはできない。全体像が見えない上に、情報のピースの数が圧倒的に不足しているためだ。

ただ、ひとつだけ確かなことがある。
ダエモニアの研究者は、ダエモニアを認識できる人間であったということだ。常人には見えず触れられず、語られることすらないダエモニアを認識できるのは、タロット使いの血族のみ。
彼ら、彼女らは、幼い頃から自らの宿命を理解している。もしくは、理解していなくとも己の運命に導かれ、自らの宿命に気がついてしまう。
しばらく前に覚醒した『太陽』の使い手も、その例に漏れぬ運命の出会いを遂げたらしい。

すなわち、ダエモニアの研究者はタロット使いの血族。もし彼ら、彼女らが施設とともに隠滅されたとすれば、その消息を当たれば、何らかの証拠に突き当たるかもしれない。
世界各地に散らばるタロット使いの血縁者に、消息不明になっている者は居ないか、理由不明の失踪を遂げた者は居ないか。もしそうした失踪者が『ある年代』に集中していれば、それは確固たる証拠となる。

しかも、シルヴィアには心当たりのある人物がひとり居た。
田園風景の中に残る墓石の主、シルヴィアの記憶では失踪扱いになっていた彼女――ソフィア・レンハート。
彼女の失踪と、なぜか存在する墓。そのピースを埋めることができれば、なぜの連鎖を断ち切ることができるかもしれない。

「あと二日で裏が取れるか、試してみるか」

シルヴィアは、カウンターに二人分の代金に足る紙幣を置き、立ち上がる。軋む木製のドアを開くと、雲間から西日が差し込んでいた。
シルヴィアは、再びバイクに火を入れる。今度は郊外を離れた都市部へ向けて、スロットルを回した。




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