幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第四章/幽客は何処に咲く_05

「遅くなってすまない!」

シルヴィアが駆け込んだブリーフィングルームには、アメリカ支部のタロット使い達がすでに集合していた。全員揃うと狭く感じることすらあるのだが、治療中の万梨亜とエレンの姿がないだけで、やや広くなったように感じる。

「おかえり~!」

「おかえりなさいませシルヴィア様! お食事もお風呂も……もちろん他のモノもご用意しておりますわ!」

舜蘭やシャルロッテの出迎えと、ひときわ熱量の高いミレイユの歓声を受けて、シルヴィアは適当な場所に座る。室内を見渡して、いつも通りに着飾ったクリスティンと目線を合わせた。アイコンタクトとウインクがふたりの間で交わされたのを、ミレイユは見逃さない。

「って、な、なんですの……? この、まるでお互いを認め合っているかのような空気感は……!」

目を離した隙に、ふたりの間で何が起こったのか。
怪訝な表情を浮かべてふたりの姿を交互に見合わせるミレイユを尻目に、メーガンがブリーフィングを再開した。

「さて、まずはクリスティンから内偵調査の結果を報告してもらいましょうか。もしかしたら、この中にオーキスの関係者が居るかもしれませんからね」

メーガンの発言で、タロット使い達は水を打ったように静かになった。自分が疑われていたことを知っているシルヴィアは、メーガンの挑発を無視して『答え合わせ』の瞬間を待つ。

「その前に」

立ち上がったクリスティンは、咳払いして前置きする。

「あの事件について、知りうる限りのことを話してもらえない? あなたの極端な秘密主義のせいで、こっちは折らなくてもいい無駄骨を折ったんだから」

うんざりした様子のクリスティンに、メーガンは表情ひとつ変えずあっさり口を開いた。

「いいでしょう。一昔前に、とある研究施設に発生したダエモニアを潰したことがありましてね。施設ごと派手にやってくれというオーダーでしたので、言われた通り派手にやったのですよ」

「そこで研究していた物は何?」

「さあて、知りませんね」

メーガンは肩をすくめる。本当に知らないのか、クリスティンの言う極端な秘密主義なのか、真実は誰にも分からない。
これ以上の情報は得られないと判断したクリスティンは、ため息をついて話し始める。

「その施設では、ダエモニアを研究していた。でも、研究は失敗。研究対象だったダエモニアを制御しきれず、その後はメーガン隊長が言った通り」

「舜蘭寝るな、起きろ」

船を漕いでいた舜蘭の肩を揺らすシャルロッテ。ふたりの様子を見たクリスティンは、空気を変えようとシルヴィアに問いかけた。

「で、シルヴィア。あなたの手土産は?」

クリスティンに呼ばれ、シルヴィアはイギリスで調べてきたことを皆に説明する。

「施設に居たであろう研究員を探したんだ。マルゴットに無理を言って、セフィロ・フィオーレの記録を当たってもらってな」

『本当に無理だらけです! いくら事務方だからと言ったって記録を引っ張り出すのは大仕事なんですからね!』

ブリーフィングルームのモニタには、本部で事務方の仕事を一手に引き受けているマルゴット・ブライトクロスの映像がアップで映し出された。珍しい人物の登場に沸き立つタロット使い達を『お静かになさい!』と一喝し、マルゴットはこの機会を逃すまいと怒気荒く続ける。

『まずクリスティン、何ですかあの出張費は! ウチは旅行代理店じゃないんですよ! 次、シャルロッテと舜蘭は教えた通りに帳簿をつけなさい! 永瀧支部の新人さん達ですらしっかり帳簿を付けているのに、チャーハン代なんて経費で落ちるわけないでしょう! 霧依! 今度変なモノを持ち込んで監視装置を誤作動させたら分かってますよね!? それから誰ですか、私の名前で勝手にネット通販しているのは! 私には、健康食品もアンチエイジング化粧品も必要ありません! 名乗り出なさい今なら怒りませんから……!』

モニタに映ったマルゴットの音声が、少しずつ聞こえなくなっていく。
モニタの出力をハッキングした雫は、スマホに表示された音量ボリュームのつまみをゆっくりと絞ったためだ。やがて音声はミュートされ、無音で怒鳴り散らしているマルゴットの映像だけが流れる。
それにも飽きたのか、今度はテレビでも消すようにスマホを操って、マルゴットからの通信を絶ち切った。

「とりあえず着信拒否しといたから。続けて続けて」

事務方の人間を着信拒否するのはいかがなものかと思ったものの、シルヴィアは説明を続けることにする。

「……とにかく。施設に居た研究員は、タロット使いの血族だろう。これは皆にも分かってもらえることと思う」

「そっか、ダエモニアを研究できる人間なんて、血族以外に居ないしね」

ダエモニアの研究を行うには、まずダエモニアを認識できねばならない。それが可能なのは、タロット使いの家系に生まれた者に限られる。
膝を打って納得した様子のシャルロッテに「ああ」と返して、シルヴィアは整理しながら言う。

「セフィロ・フィオーレは血族の動向を監視し、記録している。数千年分のデータの中から『ある期間』に消息不明になった人間を探せば、研究者たちのおおよその見当は付いた」

シルヴィアはモニタに数十人分の顔写真を表示させる。並んだ顔写真を凝視するタロット使い達に、調査結果を話す。

「彼らは皆、『ある期間』に固まって消息不明になっている。墓もなければ弔われた記録も見つからなかったが、たったひとりだけ例外が存在した」

モニタの顔写真のうち、淡い銀色の髪の女性が大写しになった。

「彼女はソフィア・レンハート。私の縁戚に当たる彼女は、記録上は消息不明だ。だが、記録にはない墓があった」

「墓など、墓石を置けばそれで終わりでしょう。暴いたというならいざ知らず」

メーガンの横槍に答えたのはクリスティンだった。

「暴いたわ。……悪いけど、地中を調べさせてもらった。信じられないなら、自分で掘り起こせばいい」

メーガンはその答えを聞いて溜飲を下げた。シルヴィアは、自らが集めてきたピースをひとつひとつ組み立てて、結論を急ぐ。

「ソフィアを弔ったのは、共に研究に従事していた人物だろう。それも、死地から彼女を救い出して埋葬するほど関係が深かったはずだ。そんな人物は親族か、あるいは」

シルヴィアは、ポケットから古いロケットを取り出した。錆びた銀製のロケットを開くと、男女の写真が収まっている。劣化はしていたが、人物を特定できるだけの特徴は残されていた。

「……婚約者。彼は、ソフィアと将来を約束していたようだ。探すのに苦労したよ」

モニタに表示したソフィアの顔写真の隣に、消息不明になっていた研究者が現れる。切れ長の瞳の男性がセフィロ・フィオーレのデータベースと照合され、パーソナルデータが表示される。
シルヴィアは、説明を終えた。
クリスティンは小さくサムズアップして、シルヴィアに預けた説明のバトンを引き継ぐ。
英国で出題された問題は、正しかった。

「その男の名前は、ヨアン・ドラクロワ。『力』のタロット使いの血族に当たる男性。そして、元レグザリオの研究員。シルヴィアの証拠で、ようやく疑わしき人物を洗い出せた」

クリスティンの言葉に、タロット使い達がどよめく。喧噪の中、声を上げたのは、机の上に足を投げ出したヴァネッサだった。

「その男がオーキス候補の重要参考人、か」

ヴァネッサの言葉に、シルヴィアは小さく頷く。
現時点でオーキスである可能性が高いのは、モニタに映し出された男、ヨアン・ドラクロワ。
クリスティンと自身の調査によって、疑わしき者の存在が明らかになった。数々の事件を引き起こし、何千何万もの命を食い物にしてきたすべての元凶。

ヨアン・ドラクロワの身をどう確保するか。その場に居るタロット使い達がその方策を練り、ブリーフィングルームは不穏な空気に満ちていた。
そんな最中、不意に扉が開き、闖入者が姿を見せる。

「遅くなりました!」

「ばっちり充電させてもらったぜ!」

ドアをくぐって入ってきたのは、戦線離脱していたエレンと万梨亜。
アメリカの実働部隊が、一堂に会した瞬間だった。

 




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