幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第四章/幽客は何処に咲く_06

現れた万梨亜とエレンは、病み上がりとは思えないほど回復していた。
ふたりの元に駆け寄ったのは、舜蘭とシャルロッテ。「まりあ~」と名前を呼びながら、まるで母親に甘える子どものようにしがみつく。

「あらあら、心配をかけましたね……」

周りに集まる舜蘭とシャルロッテの頭を撫でながら、万梨亜はエレンと顔を見合わせる。エレンは軽薄に笑って

「そこまでのケガじゃねえっての。ん~? もしかしてアタシのことも心配してたのか~?」

とシャルロッテの頭を小突く。
声を震わせたシャルロッテの「うるさい!」という声に、エレンは微笑む。張り詰めていたブリーフィングルームの空気は、一瞬柔らかくなる。
そんな再会シーンを中断したのは、ヴァネッサの言葉だった。

「あー、感動の再会ショーの邪魔をして悪いが、状況は最悪だ。動けるなら覚悟はしといてもらうぞ」

万梨亜は柔らかな微笑みから一転、真剣な表情で「はい」と返事をして部屋の中へ入る。その回復ぶりと普段通りの微笑みに安堵したシルヴィアだったが、それと同時に、若干の居心地の悪さも感じる。
その原因を作ったのは自分だ、という自責の念がシルヴィアの心を覆っていた。

「ひとまず私の報告はおしまい。後をどうするかは上の人に任せるわ」

クリスティンは脱線した会議を元に戻すべく、その場全員の注目を再びモニタに映った男性に向けた。
オーキス事件の最重要参考人、ヨアン・ドラクロワ。
アイリス女学院、軍立病院、また軍需工場で発生した大規模ダエモニア発生事案の張本人。それだけでなく、関与が疑われる事案、二次、三次的な出来事まで含めれば、タロット使いが対処した事件など氷山の一角に過ぎない。

「でさ、いつ宣戦布告するの? 準備バッチシだよ!」

「おお~っ!」

血気盛んにアサルトライフルを高く掲げるシャルロッテと、拳を突き上げる舜蘭。詰め寄ってくるふたりをいなして、ヴァネッサはメーガンに視線をやる。

「それで、お前のところに連絡は入っているのか。秘密主義の部隊長さんよ」

ヴァネッサの言葉で、タロット使い達の疑いの視線がメーガンに集まる。その状況に諦めたような、堪忍したような笑みを見せたメーガンは、雫にメモリを投げ渡した。

「ええ。オーキスと目される人間、ヨアン・ドラクロワを殺害せよと、ご丁寧にも座標付きでね」

メモリを受け取った雫は、モニタ上に世界地図を表示した。
地図上にプロットされた、オーキスの座標を示す点は二つ。大西洋を挟むように二つの都市、ニューヨークとロンドンで点滅を繰り返している。

「つい先ほどレグザリオから依頼されたんですよ。彼が近々、この国で未曾有の事件を起こすことは間違いないからとね」

不自然に揺らぐ、オーキスの所在。
それにも増して、レグザリオの動向も奇妙だ。見計らったように流してきた情報に信憑性はあるのだろうか。
心の中に湧き上がった疑念に、ソファに沈み込んでいたヴァネッサが言葉を濁しながら答える。

「しっかし、この任務は確実に罠だ。レグザリオめ、ニセの情報を掴まされたか」

レグザリオは、かつてセフィロ・フィオーレを創立した。
それ以降は歴史の表舞台からも舞台裏からも退場し、世界各地で起こる事件事故を傍観する立場になった。
しかし、傍観者であったはずの彼らはオーキスを使い、秘密裏にダエモニアを研究させていた。メーガンによって研究内容はオーキスもろとも闇に葬られたはずだったが、オーキスは死地から生きのび、今もなおレグザリオを翻弄し続けている。

「罠っつっても、どっちかには居るんだ。一発ぐらい殴らせろ!」

「そーだそーだー!」

気色ばんで叫ぶエレンと、それに合いの手を入れるシャルロッテが作戦への士気を高める中、メーガンが「ただし」と注釈して語り始める。

「いつもの掃討作戦のようにはいかないでしょう。相手は血族であり、ダエモニアの研究者だ。関係する血族の者は気をつけねばならないでしょうね」

「前にした、ひいきの話? そりゃ味方ならひいきするかもしれないけどさ、敵なら関係ないじゃん」

むすっとした表情のシャルロッテに、メーガンは肩をすくめて答える。

「いいえ、私が言いたいのは対消滅のリスクです」

対消滅現象。
その言葉は、エレメンタルタロットに関与する者の間で囁かれる噂だ。
自分と同じ性質を持つドッペルゲンガーを目撃した者は死ぬだとか、殺されるだとかオカルトじみたものだが、存在しないことを証明する手段はない。
まさに悪魔の証明だった。

「ヨアン・ドラクロワは『力』の血族。また、『正義』とも関係が深かった。レグザリオとも通じていた以上、対消滅の可能性を考慮しておくべきでしょう。もっとも、与太話を怖がって出撃したくないなら、無理強いはしませんがね」

舜蘭とシルヴィアを見て、メーガンはふたりの意思を試すように笑う。よく分かっていない様子の舜蘭を横目に、シルヴィアは右手に収まっていたソフィア・レンハートの忘れ形見を握りしめた。
いかなる危険性があろうとも、シルヴィアに退くという選択肢はない。

ヴァネッサは立ち上がり、何度かの中断を挟んだ会議を総括するべく話し始める。

「いろいろときな臭いのは確かだが、オーキスが尻尾を見せたこの好機を逃すことはできない。我々はこれより、一連のオーキス事件の首謀者を元レグザリオ研究員、ヨアン・ドラクロワと断定、二方面同時作戦を決行する」

オーキスを追い詰めるには、アメリカとイギリスの二カ所を同時に奇襲しなければならない。もし奇襲に失敗し動きが察知されれば、もう二度と姿を現さないだろう。戦力を分割してでも、オーキスを確保しなければならない。
戦力の分割と、オーキスという未曾有の敵の存在。その場のタロット使い達は、誰もがミッションの困難さを理解した。重苦しい空気の中、説明を終えたヴァネッサは、その場全員を見渡して告げる。

「それと、先に伝えておく。……死ぬなよ」

捨て台詞のように言い残し、ヴァネッサはメーガンを伴って立ち去った。雫、霧依はそれぞれ各自に残した仕事へ戻っていく。

「なあ、シルヴィア」

モニタの顔写真をにらみつけていたシルヴィアに、どこかそわそわした様子のエレンが話しかける。その傍らでは、万梨亜が柔らかく微笑んでいた。

「聞いたぜ、この間の事件のこと。お前が原因なんだってな」

「……ああ」

万梨亜やエレンを傷つけた元凶はシルヴィアにある。自らのわだかまりを突きつけられたシルヴィアは、エレンの言葉を待った。
責め苦を受けるのは当然と、拳を上げたエレンに殴られる覚悟を決める。
しかし、拳は放たれることなく、シルヴィアの肩に置かれた。

「でもよ、お前はひでえ状況から全員救ったんだ。あ、あんまり気にすんじゃねえぞ?」

「ふふ……。やっと言えましたね、エレンちゃん」

「う、うるせえな! 別に感謝してるワケじゃねえ! 貸しができたってだけだ!」

「ちょ、ちょっとあなた! シルヴィア様は渡しませんわよ!」

顔を赤らめているエレンの様子を見て、割り込んでくるミレイユ。そんな様子をシャルロッテと舜蘭が囃し立てて、ブリーフィングルームはふいに明るくなる。
そこに広がっているのは、これまで通りの日常風景。シルヴィアは、その賑やかな輪を離れ、ブリーフィングルームを出ることにした。
廊下には、クリスティンが立っていた。

「気をつけなさい。敵は、オーキスだけじゃないから」

「レグザリオか」

シルヴィアの問いかけに、クリスティンは頷く。

「このところ、連中の動きが表面化していて、動きづらいことこの上ないのよ。オーキスもだけど、レグザリオも何をしてくるか分からないし」

オーキスに関しては、血眼と言っていいほどになりふり構わぬ動きを見せているレグザリオ。
おそらくレグザリオには、どうしてもオーキスを始末しなければならない理由がある。あれだけ出し渋ってきた情報を開示し、その所在までつまびらかにするだけの理由が。
そして、メーガンはどこまで知っているのか。クリスティンでも掴めていない真実がなんであるのか。深まるばかりの謎をいったん頭の片隅において、シルヴィアは決意を固める。

「出てくる敵を倒すのが私の仕事だ。問題はないさ」

自分に言い聞かせるように告げて、シルヴィアは立ち去る。
シルヴィアにイギリスへの遠征命令が出たのは、そのすぐ後のことだった。

 




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