幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

第四章/幽客は何処に咲く_10

オープンテラスの『地表』に、少女が降り立つ。
顔立ちもさることながら、立ち居振る舞いまでシルヴィアと生き写しの少女。現在のシルヴィアから一回り小さい『あの時の』姿で、眼前に現れる。

倒れたシルヴィアの元へ歩み寄る、堅く無表情の少女。それをただ見上げていたシルヴィアの前に、鎌が突き出された。

「……殺す」

シルヴィアの傍らで、ルーシアが柄を地面に突き刺して立ち上がった。這々の体ながら、少女の首筋めがけて力任せに鎌を振るう。
しかし、少女は訳もなく鎌を剣で受け止める。剣は鈍く光り、ルーシアの鎌をたやすくはじき飛ばした。
一蹴。そんな言葉を体現するかのように、少女はルーシアを蹴り飛ばす。

「おい、ルーシアっ! しっかりしろって!」

駆け寄ってきたエレンが、倒れたルーシアを受け止める。意識こそ保っているルーシアだが、連戦による消耗が大きい。手当をしようと近寄ってきた万梨亜の手を振り払うも、ルーシアはその場に膝をついてしまった。

少女は追撃しなかった。視線をシルヴィアへ向け、再び歩み寄る。一歩、一歩と近づいてくる自分と瓜二つな少女の姿。その存在が、シルヴィアの幼少期を思い起こさせる。

「私の、ドッペルゲンガーか……」

間近に迫った少女を見て、シルヴィアはそうつぶやいた。
対消滅したクリスティンの遺した『次はあなた』というメッセージ。その指し示す意味は、今ならば手に取るように理解できる。
歩み寄った少女は、シルヴィアとまったく同じ剣を振り上げる。頂点に掲げた腕を真下に振り下ろし、袈裟切り。鈍い切っ先の放つ残光をシルヴィアは目で追うことしかできない。

正体不明の現象、対消滅が迫っていた。

「させませんわ!」

剣の風切りは、金属音に阻まれた。シルヴィアの眼前に巨大な盾が割り込んでいた。ミレイユだ。
少女は回り込むことなく、ミレイユの展開した盾に猛攻を加える。
前に立つ者は誰であれ真正面から撃破する。その思考は、幼い頃のシルヴィアそのもの。暴風のように吹き付ける攻撃に押されまいと、ミレイユは持っていた槍を地面に突き刺してこらえるが、先に悲鳴を上げたのは盾の方だった。
少女の攻撃を前に、ミレイユの盾は薄い金属板も同じく曲げられ、亀裂が走り、破片が飛ぶ。もう保たなかった。
少女は渾身の力で剣を叩きつけ、盾を割った。勢いそのままに振り下ろされた剣は、シルヴィアもミレイユも居ない地面をえぐる。

「……間に合いましたね、フェンリルちゃん」

シルヴィアとミレイユは宙を舞っていた。ふたりの襟を口元にくわえた万梨亜のフェンリルが跳ね、少女から距離を取る。
今、地表には少女とダエモニアしか居ない。その好機を逃すまいと、エレンはギターをかき鳴らす。

「アタシのロックにシビれてろォッ!」

ギターから放たれた六本の雷光が、前方を横薙ぎにする。湧き出るチェス駒のダエモニアは逃げる間もなく切断され焼け焦げるも、少女は跳躍。サーチライトのように不規則な光の刃を避けきった。

「チッ、ガキになってもシルヴィアはシルヴィアか。アタシの音楽が理解できねえとはな!」

息切れして悪態をつくエレンを尻目に、少女は地表に降り立ち、何事もなかったかのように居住まいを正す。剣を持ち、真正面に構える。その視線は、シルヴィアを外さない。
その時、通路の奥から人影が現れる。

「雑魚と遊ぶ必要はない。むやみに力を消耗するな、ワンドエース」

幼いシルヴィアの傍らに、壮年男性が現れた。その顔は、老い衰えてはいるものの、セフィロ・フィオーレの記録通り――くわえて、イギリスで見つけたソフィアのタロットに残っていた顔写真の面影を残している。

「お前がオーキス……いや、ヨアン・ドラクロワだな」

断定するようなシルヴィアの口調に、男は口角を釣り上げて答えた。

「そういう君はシルヴィア・レンハートか。それにしても、ヨアンか。懐かしい響きだ」

含み笑いを続ける男――オーキスに、シルヴィアは冷静なトーンで告げる。

「貴様は数多の殺戮、虐殺を指揮、煽動し、実行した。この状況も、貴様が引き起こしたものだろう」

その問いかけへの返答に、オーキスはやや間を作った。まるで、質問の意図を図りかねているというように。

「……いや。この地獄を作ったのは、君とそこの『死神』だ。君たちが勝手に箱を開けたのだろう? 合衆国に宛てた私からのプレゼントを」

「何だと!?」

「あれは私の研究の成果でね。コアを潰しても、霧散してしばらくは生き延びるようになっている。本当は、スラムを温床にして培養するつもりだったのだがな」

「貴様ッ……!」

シルヴィアは、正義の怒りに剣を光らせる。隙あらば斬ろうと踏み込むも、それを阻むように万梨亜とミレイユが前に出る。

「シルヴィアちゃんは下がっていてください」

「ええ。ここは、私たちにお任せを」

ミレイユは、割れた盾の代わりを展開し、シルヴィアをかばう。その脇に、待機していた万梨亜のフェンリルを配す。次いで、周囲の空気が渦を作り、ユニコーンとフェニックスが実体化した。

「シルヴィアちゃんには触れさせません。……やっちゃってください!」

万梨亜の命令に従い、フェンリルが咆哮を上げ、俊敏な巨体が飛び上がった。オーキスの前で剣を構える少女へ特攻を仕掛けるも、フェンリルの体は空中で壁にぶつかったように止まる。

「言い忘れていたが、この少女――ワンドエースは、君のドッペルゲンガーだ。つまり、君にできることは彼女もこなせる。このようにな」

濁った黒銀色の巨躯。騎士甲冑が、フェンリルの体当たりを受け止める。少女は、フェンリルの巨体にも引けを取らぬ、黒銀に光るデュランダルを召還していた。
力負けすることを察したフェンリルは自ら体を翻し、黒き甲冑との間合いを計り、再び咆哮一声。金属をも引き裂く牙を剥き出しにして飛び上がる。だが、少女が召還したデュランダルは横っ面に拳を叩き込み、フェンリルを沈める。

「フェニックスちゃんっ!」

オレンジ色の炎を引き、フェニックスが飛ぶ。炎の翼で周囲を焼き払いながらダエモニアを焼き焦がし、オーキスへ向けて灼熱の火炎を吐いた。だが、すべてを焼き尽くす火炎も召喚された装甲を抜くことはできない。オーキスを守るよう黒銀の騎士に命じた少女は、炎の中から単身飛び出した。
目指す場所は一点、シルヴィアを庇うミレイユの盾だ。

「たとえ相手がシルヴィア様のそっくりさんでもっ!」

少女は青眼に構えたまま、剣を突き刺した。切っ先と触れた瞬間、盾は粉々になって砕け散るも、ミレイユの心までは砕けない。

「ま、まだまだっ!」

次なる一撃が来るまでの時間差で、ミレイユは再び盾を展開。少女の攻撃よりもわずかに先行するも、返す刃の一撃で再び盾は割れる。だが、ミレイユは諦めない。

「シルヴィア様を愛するかぎり! ここは絶対に通しませんっ!」

盾を張る、叩き割る。盾を張る、叩き割る。
一進一退の攻防だった。しかし、少女は盾が再生成されることを理解したのか、素早い斬撃で効率よく破壊し始める。消耗の様子すらみせず、むしろ早まっていく攻撃には、さしものミレイユも対応しきれない。
ほんの一瞬だった。手が遅れたミレイユの目元を剣がかすめ、無防備な姿を晒してしまう。
少女は、その隙を見逃さない。盾の生成より早く踏み込み、ミレイユの襟首を掴み上げる。

「ぐ……! し、シルヴィア様は……、わたくしがっ」

抵抗するミレイユだったが、少女の前には無力だった。
首を締め上げる姿勢のまま、少女はミレイユを地面へ叩きつけた。短い悲鳴をあげてうずくまるミレイユなど気にも留めずに、少女はシルヴィアを一瞥する。
だが、やはり少女は追撃を加えようとはしなかった。まるで痛めつけることが目的であるかのように、シルヴィア以外のタロット使い達ひとりひとりに『対処』している。

それは明らかに、シルヴィアの生き写し。
彼女が得意とする、一対一の戦闘術だった。

少女は、今度は守りの手薄な万梨亜へと間合いを詰める。万梨亜のユニコーンが回り込むも、少女の動きにはためらいも迷いもない。
まるで剣舞でも見ているかのような、流麗な動作だった。すれ違いざまにユニコーンの首を落とし、万梨亜の首筋に剣を突き立てる。

「うっ……!」

「万梨亜ッ!」

仲間の危機に飛びだそうとしたシルヴィアを阻んだのは、また仲間だった。
うずくまっていたミレイユがシルヴィアの足にしがみついて、叫んだ。

「行ってはいけませんっ! 対消滅に巻き込まれてしまいます」

「そんな場合では――」

「イヤです! シルヴィア様が死ぬなんて、わたくしはイヤですっ!」

ミレイユの叫びが、シルヴィアを戸惑わせた。
万梨亜を助けるためには、対消滅の危険を冒すことになる。対消滅が死ぬことと同義とは限らない。死ではないかもしれないが、死など生ぬるいと思えるような悲劇が待ち構えているかもしれない。

「ワンドエース、そいつは殺すな。交渉材料だ」

少女は、万梨亜の背後に回り込み、首筋に剣を当てる。
人質となった万梨亜の元へ歩み寄ったオーキスは、シルヴィアへ向けて告げた。

「優希万梨亜を助けたいなら、お前の正義と引き替えだ」

「私の、正義だと……」

 




TOP