幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

最終章/幻影に舞う白銀_02

万梨亜らタロット使い達の目の前で、シルヴィアと少女は消滅した。
ドッペルゲンガーが自らを殺しにくる。
噂の域を出なかったはずの対消滅現象が発生してしまった。水を打ったように静まりかえるアストラルクスの沈黙を破ったのは、ミレイユの声だった。

「シルヴィア様っ!? シルヴィア様ぁっ!」

一番に這い寄ったミレイユは、シルヴィアの居た場所に膝をつき、混乱のあまり素手で地面をかき分ける。だが無駄だった。アストラルクスの地表がゆらゆらと揺らぐばかりで、シルヴィアと少女の行方を示すものは何も見つからない。

「落ち着いて、ミレイユちゃん」

「し、シルヴィア様は死んでいませんわ! きっとどこかに隠れているだけ……! 隠れているだけでっ……!」

地表を揺らすミレイユの手はやがて力なく垂れ下がり、地面に顔を埋める。震え泣くミレイユを万梨亜は抱きしめる。
万梨亜はまぶたを閉じなかった。もし閉じてしまえば、堰き止めていた物がこぼれてしまうと思ったから。

「マジかよ……」

驚愕しきりのエレンの独り言に、ルーシアは静かに喉を鳴らす。シルヴィアの気配は、アストラルクスのどこにもない。残っていた思念すら綺麗に消えてしまっていた。
アストラルクスで思念が消える。それはタロット使いの死を意味していた。

ミレイユをその場に座らせて立ち上がった万梨亜は、拳を握りしめて叫ぶ。

「……みんな、来てっ!」

呼びかけに従い、フェニックスと倒れていたフェンリルが顔を上げる。そして中空に光が集まり、首を落とされて消滅したユニコーンが再び姿を現した。三体の召喚獣はめいめいに咆哮、オーキスを威嚇するも、彼は意に介すことなく問いかける。

「『正義』さえ手に入れば君達は用済みだが、私に協力するなら生かしてやろう。どうだね?」

オーキスの周囲に、四人の少女が現れた。機械的なスーツをまとった彼女らは、各々武器を携えている。

「彼女らは『血族』だが、能力不足ゆえに不適格の烙印を押されていた。だが、ダエモニアの制御技術があれば、タロット使いのできあがりだ」

「……違う。あれはダエモニア。同類じゃない」

少女達の異質な存在感の正体を読み取ったルーシアは、声を荒げる。
少女達を支配するのはエレメンタルタロットに認められた者の思念ではなく、憎悪そのもの。
姿こそ人間だが、その本質は救いようのないダエモニアだった。

「手厳しい『死神』だな。察しの通り、彼女らはダエモニアの精神汚染に勝てなかった。ほうぼう手を尽くしてはみたが……。ダエモニアに打ち勝てず発狂していく様子は、とても悲しいものだったよ……」

「どうしてそんなっ……。人間の命を何だと思っているんですか!」

万梨亜の叱責に、オーキスは額に指を当てて困惑するそぶりを見せる。

「本質が分かっていない君には、何を言ったところで理解できないだろうが……まあ、理解する必要もない」

オーキスの合図で、四人は飛び出した。
万梨亜をめがけて飛来する少女達を充分に引きつけたところで、フェニックスが吼え、火焰を吐き出す。彼女達の連携を炎によって分断した万梨亜は、詰まりながらも、オーキスへ宣言した。

「たとえあなたがどんなに苦しんで、悲しい目に遭ってきたとしても……。命を粗末にするような人は、私は絶対に許したくありません」

「まるで自分が『正義』であるかのような物言いだな、優希万梨亜君」

呆れたようなオーキスの発言で、万梨亜は自然に口を突いて出た言葉に驚いた。だが、不思議と違和感はなかった。自分を守ってくれていた彼女ならば、こう告げただろうという安堵が、万梨亜の涙を押しとどめる。

「……『正義』なら、そうしたはずだと思いますから」

白黒はっきりつけたがる、融通の利かない性格。だが、ブレのない行動は、その周囲の人々を確実に突き動かしていた。
万梨亜の『正義』の言葉に失意を振り解き、ミレイユも立ち上がる。

「……ええ。わたくしも、あの方が成そうとしたことを、遂げてみせます」

次なる命令を待つ四人の少女と、船上のチェス駒ダエモニアは、オーキスに注意を向ける。タロット使い達の処遇について決めかねている様子の彼だったが、どうやら思案を終えたらしい。敵意を向ける万梨亜達を流し見て、ため息をついて答えた。

「殺せ」

たった一言を合図に、弾丸の洪水が叩きつけられる。
それは、タロット使い四名を蜂の巣にするには余りあるほどの量だったが、彼女達には届かない。
万梨亜のフェニックスが焼き払い、ミレイユが盾で受け止める。エレンの六弦は、しなりながら絡め取り、ルーシアは凶弾となり得るコースだけをはじき飛ばす。後ずさりながら、もっとも効率よく弾丸の雨に対処できるようにテラスの中央に集まった彼女達は、四方から降りそそぐ死を振り払う。

「皆さん、無事ですか!?」

火焰を吐き続けるフェニックスに防衛を任せ、万梨亜は仲間に呼びかける。それぞれ賢明に盾を張り、かき鳴らし、鎌を細かく取り回している。

「無事は無事ですが、エレンさんの演奏がやかましすぎて集中できませんわ! どうせ聴かせるならダエモニアの中心でおやりなさい!」

「ヘッ、どいつもこいつも! ま、ロックってのは分かるヤツだけ分かりゃいいんだよ! 行くぜ!」

塊の中から抜け出したエレンは、先刻シルヴィアが見せたように上空高く飛び上がった。六弦の稲光を車輪のスポークのように回転させながら頂点に到達すると、軽快なリフを弾けさせる。

「焼き焦がしてやるぜェッ!」

天から、六本の霹靂が降り注いだ。稲妻はダエモニアのみならずアストラルクスの階層を縦貫し、オープンテラスにまで閃光とギターソロが落ちてくる。重低音のバスは内臓と心をいたずらに打ちのめし、タロット使い達を高揚させる。

「ああもう! やかましいったらこの上ないですわね!」

ミレイユは、中空至る所に盾を出現させた。その盾に、エレンの放った雷撃が直撃し、反射。軌道を変えたレーザー光線は、死角に隠れ潜んでいたダエモニアを瞬く間に消滅させる。
稲妻のシャワーが乱反射し、アストラルクスを縦横無尽にのたうち回る。大ぶりなエレンの雷撃は、ミレイユの盾で複雑な幾何学模様を作り出し、ダエモニアに逃げ場を与えない。

「ルーシアちゃん!」

そんな中、気力だけで鎌を振るっていたルーシアが、再び地面に膝をつく。憔悴していたルーシアの前に万梨亜のフェンリルとユニコーンが回り込み、身を挺して盾になる。

「…………」

肩で息をするルーシアを、万梨亜は背後から抱きしめた。力なく振り解こうとする小柄な彼女を抱き留め、万梨亜は強く念じる。傷が癒えるようにと願って。

「本当は休んでいてほしいけど……。力を貸してほしくて……」

万梨亜の強い願いは、アストラルクスに顕現するだろう。
タロット使いの強さは、想いの強さでもある。何もそれはダエモニアを倒すための力だけではない。誰かを癒やしたい、力を与えたいという他者への祈りすら、強固であれば必ず届く。

「……私に命令するなッ!」

ルーシアは、万梨亜の腕を振り解いた。先ほどまでの憔悴ぶりを伺わせぬ機敏さで立ち上がると、万梨亜をにらみつけて飛び上がった。

「よかった……」

万梨亜はそう独りごちて、ルーシアの作り出す軌跡を眺める。
飛び上がったルーシアは、乱反射するレーザー光の間隙を縫って、血族の少女へ向けて鎌を振るう。鈍い金属音とともに剣と激突、一度は受け止められたものの、勢いに押されて少女は吹き飛ばされる。背後に回り込んだ別の少女が銃撃を加えるも、ルーシアは振り向きざまに交わし、そのまま渾身の薙ぎ払いを見せる。
鎌と一体となったかのようなしなやかな動きは、四人の血族を圧倒し、寄せ付けない。

「……オーキスを、早く!」

ルーシアが万梨亜に叫んだ。
エレンとミレイユの合わせ技で大勢のダエモニアを焼き焦がし、ルーシアが憎悪に支配された少女達を引きつけていた。

「はいっ!」

万梨亜は、周囲を見渡してオーキスを探す。船内通路の奥へ走り去っていくオーキスを見留めた万梨亜は、フェンリルを伴って彼を追いかけた。

 




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