幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

最終章/幻影に舞う白銀_03

ふたりのシルヴィアを照らすスポットライトが溶け合った。
刃がぶつかり、飛び散った火花は辺りに拡散する。粉塵はきらめきながら、暗転した舞台に星空を描いた。

互角だった。
ほぼ同時に吶喊し、鍔を迫り合わせる。剣に乗せた突撃の勢いは、少女の刃と相殺された。これ以上の深入りは無駄と判断したシルヴィアは、体勢を立て直して飛び退く。
それは目の前の少女も同じ。様子見の一撃から離脱まで、寸分の狂いなくシンクロしてみせた。
背丈も顔つきも幼い姿そのものだが、シルヴィアが研鑽してきた剣術と全く同じ動きを見せている。
生き写しなど生ぬるい。これではまるで鏡映しだった。

「ふう……」

思わぬ強敵を前にして、シルヴィアは短く息を吐いた。
今まで相手にしてきたダエモニアは、力任せに破壊を振りまくだけだった。このような洗練された敵との組み手を経験したのは、『正義』の試練の頃まで遡らなければならない。
ちょうど、あの少女と同じ背格好で、候補者達を相手に修行に明け暮れていた頃のことだ。

シルヴィアは、拡大したスポットライトの際に立つ。
その時、ふたりのシルヴィアの奥に、真白いスクリーンが浮かび上がった。ピントがぼやけた模様は、徐々に鮮明な像を結び、アストラルクスの様子を映し出す。
まるで、映画でも見ているようだった。険しい表情の万梨亜がフェンリルを伴い、客船の通路を走っている。視点が切り替わり、中空に複雑な模様の稲光を描くエレン、槍を突き刺すミレイユの姿。そして、ルーシアが目にも留まらぬ早さで飛翔する。

「聞こえるか! 私はここだっ!」

スクリーンへ向けて叫ぶ。彼女らの元へ向かえるよう願う。
だが、タロット使い達には届かない。そのうちに像がぼやけ、ホワイトアウトしたスクリーンには、黒い帳が下ろされる。
ここは、物質世界でもアストラルクスでもない。
それらすらも見下ろしている、さながら『上位の世界』だった。

だが、この場所に迷い込んだときの、万物がまぜこぜになったような感覚はもう消えた。研ぎ澄まされた意識の下、弛緩した指先を再び緊張させる。

「確かに、私のドッペルゲンガーのようだ。……だが!」

無機質な地表を蹴って距離を詰める。やはり同じ動作をとった少女は、シルヴィアの剣を真正面で受け止めるだろう。彼女は、フェイントを混ぜるようなことはしない。シルヴィアの意識に『真正面』以外の選択肢がないのと同様、少女の選択肢もひとつしかない。
そして、再びの激突。シルヴィアは、刀身同士を押し当てたまま、前方へ踏み込んだ。

いかに生き写しの存在でも、体格差までは埋められない。
事前の読み通り、身を翻した少女はシルヴィアを受け流した。シルヴィアは、前のめりの姿勢から腕をひねって、少女の柄めがけて斬りつける。少女はとっさに利き腕を引くも、切っ先は手の甲にかすり傷をつけることに成功した。

この剣術は、シルヴィアに辛酸を舐めさせた『正義』の候補者達が編み出したもの。周りよりも背丈が小さかった幼少のシルヴィアを悩ませた、体格差を利用した立ち回りだ。それが皮肉にも、過去の自分と戦う上ではシルヴィアにとってこの上ない武器になる。

少女の手の甲から、黒い体液がしたたり落ちた。
だが、その程度の傷を構うような相手でないことは、シルヴィアが一番知っている。

「子どもだろうが、手加減しない。相手が自分だというなら尚更な」

少女はまた、にんまりと笑った。
今度は少女から突進、シルヴィアへ横薙ぎを叩きつけてくる。金属音と共に受け止めたシルヴィアは、少女の刃を絡め取るように剣を真下へ動かすもかわされ、次は逆方向からの剣を見舞う。
弾かれても絡み取られてもなお怯まず、右へ左へ斬りつける少女。そのたびにシルヴィアは釘付けにされるも、時折見せる間隙を縫って反撃する。
やがてその攻防は、刃と刃、柄と柄を振るわせる激しい剣戟となった。
剣がぶつかり合う短い音と同期して、細かい閃光が飛散する。ちらちらと照らされる白銀と黒銀は、完璧に制御された機械のごとき精密さで刃を、そして視線を突き合わせた。
まるでそれ自体が演舞、一連の型であるように、払い受け、突き避けるふたりは剣舞のごとく舞い踊る。

「デュランダル!」

アストラルクスではないこの世界でも、白銀の鎧デュランダルの召還には成功した。
そこからやや遅れて呼び出された黒銀の騎士に、デュランダルは不可避の拳を放つ。
青銅の鐘を叩くような重々しい音がしたが、鎧の内側の空洞に反響するばかりで、鎧そのものを抜くことはできない。
黒銀の鎧は、デュランダルの拳を掴んで遠方へ放り投げる。巨躯は何もない暗闇を舞い、落下。黒銀の鎧はデュランダルを打ち据えようと飛翔するも、動きを先読みしたデュランダルがカウンターパンチを叩き込む。
こちらも互角。
寸分違わぬ大きさで展開された鎧は、攻撃のたびに鐘の音を響かせる。

「ならば……」

少女との打ち合いを一時中断し、シルヴィアは後退。そして、剣を消した。
少女は飛びかかってはこない。奇妙な行動を警戒しているらしく、ゆっくりと距離を詰めてくる。
シルヴィアは一呼吸置いてから、両手を腰の辺りに構えた。それは、東方に伝わる抜刀術の基本形。ヴァネッサから聞きかじった程度だったが、強いイメージは実現しうると信じる。それこそが、タロット使いの強さだ。
シルヴィアは瞳を閉じた。
暗黒の中で少女の気配をたぐり、ヴァネッサがやってみせるような抜刀術を思い描く。

その時は突然やってきた。
少女の発する殺気を読み取って、抜刀。自らの身を翻しながら抜き去った切っ先は、剣にはじき返されることなく少女の腹部を掠めた。

「分からないだろう。修練以外なかったお前には」

腹の切り傷を抑える少女は、眉をぴくりと動かした。
相手に思考する時間を与えず、シルヴィアは剣を肩に担ぎ上げる。学んできた剣術とはかけ離れた隙だらけの姿は、身に迫る危険すら愉しむ死神のようだった。

シルヴィアは、剣を鎌に見立てて振り下ろす。大ぶりな初撃は避けられるも、鎌の動きをトレースしたシルヴィアの剣は、その体格差も相まって少女を押していく。
ヴァネッサから聞きかじった抜刀術、ルーシアから見て盗んだ大鎌の挙動、そこに自らの剣術を織り交ぜる。
渾然一体となったシルヴィアの刃は、それまで互角だった戦いを一変させた。
複雑な動きから繋がる剣の連撃によって、少女を翻弄する。絡め手によって少女の握っていた剣ははじき飛ばされた。勝敗は決した。

「私の勝ち、だな」

少女は、黒い舞台に倒れ落ちた。
もし相手が現在のシルヴィアであれば、あのような付け焼き刃の抜刀術や大鎌の振り抜きは通用しなかっただろう。候補者を蹴落とすばかりの当時のシルヴィアは、他者の短所しか見ていなかった。仲間の長所を学び、取り入れることのできないドッペルゲンガーには現在のシルヴィアは倒せない。

シルヴィアは、詰問しようと少女の襟首に手を掛けて顔を上げさせる。
だが、その顔は変容していた。不気味な笑顔でも無愛想な堅い表情でもない、思い出すだけで気が重くなる見覚えのある他人の顔だ。

『ねえ、幸せ?』

「な、んっ……!」

少女はシルヴィアの顔を捨て、かつての候補者の顔で問いかけてきた。
驚愕したシルヴィアは一瞬の隙を突かれ、少女に押し倒される。

『私に勝てて、幸せ?』

そしてシルヴィアの体に跨がり、両手を首筋へと近づける。
少女は、再び幼少期のシルヴィアへ戻ると、やはり不気味な笑顔を浮かべて首を絞め始めた。

「ぐっ! かはっ……!」

抵抗しても、少女は手を離さない。
指先はより強く喉元を締め付け、シルヴィアの呼吸と意識を奪う。
もうろうとする意識では、剣を出すことも、デュランダルを操作することもできない。視界の隅で、黒銀の鎧に殴打されるデュランダルが見え、自らの意志が弱っていることをシルヴィアは悟った。

最期に見たのは、幼い、勝ち誇った笑顔だった。




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