幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

最終章/幻影に舞う白銀_04

オーキスを追いかける万梨亜を阻んだのは、客船の通路にひしめくダエモニアだった。チェス駒のダエモニアは自らの身を組み上げてバリケードを作り、オーキスを逃がすための時間稼ぎを行っている。
立ち往生する万梨亜の元に、ミレイユが駆け寄った。

「万梨亜さん! オーキスは!?」

「それがっ……! きゃっ!?」

突然地面が揺れ、万梨亜は思わず傍らのフェンリルに体を預ける。
揺れはその後小刻みな振動となり、それまでは聞こえなかった低いうなりと船体そのものが軋む不気味な音が万梨亜達の耳に届く。
そこに、エレンとルーシアの声が聞こえてきた。

『ヤベーぞ! 陸が見える!』

『船を停めないと、みんな死ぬ』

通路の窓から外を見た万梨亜は、絶句した。
客船は速度を増していた。船の進行方向には陸地が見え、アメリカ東海岸にそびえるいくつもの摩天楼が、水平線の彼方にその姿を伸ばしている。

「……やることは決まっていますわね?」

ミレイユと万梨亜は互いに頷きあう。
万梨亜達が耳にした低いうなりは、船を突き動かす発電機が出力を上げる音であった。設計限界を超える加速で船体は軋み、その揺れは次第に大きくなっている。

「ダエモニアを上陸させてはいけません! ミレイユちゃん!」

「もちろんですわ!」

ミレイユは盾をまとい、バリケードの銃眼から放たれる弾丸を防ぎながら突進した。ダエモニアの壁は積み木を崩すように崩落し、即席の障壁に穴が開けられる。

「このままつっこみますわよ!」

盾をフェンリルの前方に展開し、背中に万梨亜とミレイユを乗せてフェンリルが疾走した。通路に築かれた幾重もの障壁を破り、果敢に突き進む。

「急いで、フェンリルちゃん!」

万梨亜の呼びかけに喉を鳴らし、巨躯が通路を駈ける。縦横無尽に張り巡らされた通路を上へ下へ、エレベーターシャフトを降下し、剥きだしのパイプが張り巡らされたエリアに到達した。
機関室。ダエモニアの巣窟と化した船を動かすこの場所を破壊すれば、少なくとも船は止まるはずだった。

「いきますわよ! せーのっ!」

機関室へと続く扉を打ち壊すため、ミレイユが盾を思念によってより硬質化。合図に従ってフェンリルが四本の脚に溜めた力を解放し、扉にぶつかろうとしたその時だった。
突如、機関室の扉が爆発した。
閃光と、衝撃を伴う爆音。膨大な熱が万梨亜達に襲いかかる。

「どっ、どういうことですのっ!?」

ミレイユが展開させていた盾で事なきを得たふたりだったが、周囲のダエモニアには爆風を遮る術はない。爆炎が消えると、機関室はおろかその周囲は根こそぎ吹き飛ばされており、ぽっかりと大穴が開けられていた。

「これは、物質世界での爆発……?」

大爆発が物質世界で起こったことを察知した万梨亜に、アストラルクスの空間を伝って通信が聞こえてきた。

『ふ~むふむ、さすが世界最大級の民間船。対艦ミサイル一発じゃ沈まないか! じゃあ二発目、三発目っとな』

「雫ちゃんですか!?」

『ああそうとも! 《イージスの盾》をハックできる天才とは私のこと! ってことで、もう二発ほどハープーンが飛んでくから退避よろ~』

短い通信の後、更なる爆発音が全身を震わせた。
高い天井を見上げて、万梨亜は愕然とする。船体の上部構造体が、ものの見事に吹き飛ばされていた。

『おい雫テメエ危ねえだろ! アタシらを殺す気かァッ!』

エレンの怒気荒い通信が聞こえるも、雫は応答しない。その代わりに再び船体が激しく揺れ、船体を軋ませる金切り声に混じって、海水が流れ込む不気味な音が聞こえる。

『沈没する……』

「じょ、冗談じゃありませんわ! わたくし、泳げませんのに! 万梨亜さん、泳げる召喚獣を出してくださいまし!」

「そ、そういう問題じゃないと思いますけど……」

ミレイユは万梨亜の肩を揺らすも、一向に船は沈む様子がない。
船体に開けられた大穴は、ダエモニアが築き上げたバリケードによって塞がれていた。物質世界の法則に従えば沈没するはずの客船は、何者かの強い意志によって沈没を免れている。

『オーキスは後回しだ! お前らも手伝えっ!』

機関室が破壊されても、船体に大穴が空いても止まらない。
ならば、少しでもダエモニアを減らさねばならない。
万梨亜達はデッキへ急ぐ。

     *

陸地と摩天楼の街並みは、すぐそばまで迫っていた。だが、船が沈むことはない。なおもその速度を増し続け、ダエモニアもその数を増していく。
船上を奔る稲光と、それに交差する黒い死神の動きは鈍くなっている。

「焼き尽くしちゃってください!」

近くに生存者が居ないことを確認した万梨亜が叫ぶと、フェニックスがデッキの上のダエモニアを灼熱の火焰で塗りつぶした。コアごと焼き溶かすような清めの炎も、物量を前にすると分が悪い。焼け野原には次から次へとダエモニアが湧き出て、燃えさかる大地から、対空砲火を開始する。

「ったく際限がねえ! どうなってんだよっ!」

エレンの稲妻は、二本にまで減っていた。エレメンタルタロットの力で生み出したギターの弦は切れたまま、ぷらぷらと漂っている。それでも、エレンは二本の弦だけをかき鳴らす。パワーコードの稲妻が船体を抉るも、船は構うことなく陸地へ進む。

「……殺す」

一方で、ルーシアも苦戦を強いられていた。
孤立した相手ならば、文字通りに『死神』の力を振るうルーシアだが、調和のとれた四人の連携は崩すことができないでいた。即死級の技を牽制によって封じ、時に密集、時に散開することで、ルーシアに的を絞らせなかった。

だが、『死神』の目は甘くない。四人の動きを見定め、連携の欠点を見破る。少女のひとりが足をもたつかせる仕草を見せた一瞬、ルーシアは鎌を投げつけた。
飛来した鎌は、少女を上下に分断する。だが、分かたれた少女の上半身はルーシアめがけて飛びかかり、目の前で爆発した。

「……っ!」

ルーシアは、船の先端まではじき飛ばされた。
今やルーシアに武器はない。丸腰になった彼女に、三人の血族少女が追撃に移る。

「ルーシアッ!」

エレンは二本の稲妻を方向転換。二重らせんを描く弦は少女のひとりに直撃するも、絶命までは至らない。次はその矛先をエレンに向け、大地を蹴って飛び上がった。

「チッ! 演奏のジャマすんなよっ!」

演奏を取りやめたエレンは、ギターで少女を殴打した。砕け散ったギターが耳障りな音を響かせて少女達を怯ませたが、その程度で追撃の手は緩まない。エレンに新しいギターを取り出す暇も与えず掴みかかると、ルーシアの隣へ投げ飛ばした。
叩きつけられたエレンは、ふらふらと上体を起こす。そして、隣のルーシアへ決まり悪そうに笑った。

「ワリぃな、ルーシア……。やっぱ、アタシじゃダメみてえだ……」

エレンは、ルーシアの肩に体を預けて静かになった。
半身にのしかかる重みを受け止め、ルーシアは眼前の少女達をにらみつける。
三人の少女は、連携を取りながら武器を取って向かってくる。どう立ち回っても逃れられないようなフォーメーションだった。

「……終わり、ね」

残された体力と気力では、ルーシアに逃げ道はない。
死を察知したルーシアは、避けようとはしない。エレンと同様、目を瞑り、死の衝撃を待った。

少女達の持つ武器が、硬質な金属に弾かれる不快な音を立てる。
目を開けたルーシアが見たのは、ミレイユの後ろ姿だった。

「……なん、で」

「『死神』が、簡単に死ねるなんて思わないでくださいませ!」

大きく手を広げ、ミレイユはあらん限りの盾を張り巡らせた。
船の先頭に位置したデッキに急造の防衛線を築き上げ、手負いのルーシア、エレンを少女達とダエモニアから完全に分断した。

「皆さん、無事ですかっ!?」

遅れて到着した万梨亜は、倒れたエレンとルーシアの応急手当を行う。
万梨亜の祈りが通じ、エレンは気力を取り戻す。その一方で、疲弊が見られるルーシアは首を振って抵抗するものの、半ば強制的に活力を与えられた。

「いやー、助かった! マジで死ぬかと思ったぜ。な、ルーシア?」

「……うるさい。頼んでない」

「相変わらず素直じゃねえな。ま、そこもロックだ!」

エレンの声を背中に受けつつ、鎌を取り出してルーシアはそっぽを向いた。いつもと変わらないルーシアの様子を見て、エレンと万梨亜は表情を綻ばせる。

だが、彼女達には時間がない。
客船はいよいよ湾へと入り込み、脇目にスタテン島の女神像を見送った。
船は陸地へ、摩天楼へ迫っている。

「後はこいつをどうやって止めるか、だが……」

デッキから眼下に見える喫水線を覗き込んでエレンはつぶやく。
舳先は海まで張り出したコンクリートの桟橋を割りながら進んでいた。防波堤でも消波ブロックでも停めることはできない。
前方には、セメントで舗装された護岸が見えた。そこに激突すれば船は止まるだろう。だがそれでは、船内に居る無数のダエモニアを上陸させてしまうことになる。
数百万の人々が暮らし、世界中の人間が集まっている。この場所に感染型のダエモニアが放たれた場合、世界は簡単に終焉を迎えることになる。

止めなければならなかった。
だが、万梨亜達には、船体を押しとどめるような手段はない。ミレイユがいかに巨大な盾を展開したとしても、船の動きをはじき返すことは不可能だろう。エレン、ルーシアにも手段はない。

押し寄せてくるような陸地を見て、万梨亜は思う。
こんなとき、『正義』のタロット使いならば、どうしただろうか。
人々を救うために自らの身を粉にしてきた彼女ならば。
自らの正義を信じて行動した、強い彼女ならば。

だが、万梨亜には船を停めることなどできない。どんなに祈っても願っても、この場のダエモニアをすべて消滅させることも叶わない。
手詰まりだった。
万梨亜は、悲鳴にも似た独り言を漏らす。もう絶対に叶うことのない、悲しい祈りであると知りながら。

「助けて、シルヴィアちゃん……」

 




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