幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

最終章/幻影に舞う白銀_07

マンハッタン島南岸の浅瀬を、客船は進む。大量のダエモニアが決起するための橋頭堡を築くため、浅瀬に船底を擦りつけ、桟橋を砕き、大型船の船着き場へと向けて航行を続ける。
機関室を破壊されようと、船体に大穴を開けられようと、船は止まる様子を見せない。
コンクリートの岸壁、その向こうに見えるターミナルと巨大な摩天楼の群れは、すぐそばまで迫っていた。

船の先端に追い詰められた万梨亜ら四名は、三体の血族ダエモニアに釘付けにされていた。その背後で、ポーン駒のダエモニアが続々と上陸準備を進めている。デッキを飛び降りて、または船のハッチを開けて上陸し、マンハッタンを地獄へ変えるために。

「みんな逃げてっ!」

陸上で暮らす人々へ向けて万梨亜は叫ぶが、その言葉は船体を歪ませる轟音にかき消されてしまった。
もはや誰にも対処できなかった。
港湾の最奥部に、かろうじて原型を留めた客船が滑り込む。
護岸を突き破り、陸地深くまで突入して大都会を強襲する。
オーキスの描いた最悪のシナリオは、結実の日を迎えようとしていた。

その時だった。

「デュランダルッ!」

万梨亜らタロット使いだけでなく、船の上のダエモニアが同時に仰け反った。
客船が急減速を始めたのだ。慣性の法則に従って、船の進行方向になぎ倒された一同は、デッキの手すりにしがみつく。
そして、喫水線を見下ろして驚愕した。

「し、シルヴィア……ちゃん!?」

「シルヴィア様ですって!?」

客船の先端、アーチを描く舳先に、白銀の光を眩くたぎらせる騎士鎧と、その主人である少女の姿があった。

「すげえ……。アイツ、なんてロックだ……」

「……っ!」

タロット使い達は、眼下の光景に目を奪われていた。四つの視線を集める少女は、騎士鎧の名をもう一度叫ぶ。

「デュランダル! 押し切れぇッ!」

少女は騎士鎧は咆哮と共に、強大な力と閃光を放つ。もうひとつの太陽が生まれたと錯覚するほどの強烈な光が周囲を照らし出した。騎士鎧は膨大なエネルギーの塊となって、船体を飲み込む。

そして、客船は停止した。
港湾の最奥部から、わずか数メートルの地点だった。

「止まった……! 止まりましたわ、シルヴィア様! なんという奇跡! さすがわたくしの騎士様――」

「バカ! まだだ!」

ミレイユの言を遮ったエレンは、片舷のデッキを指さした。オーキスの目論見は寸前で制することができたものの、ダエモニアは客船から飛び降り、陸地へ、海へと身を投げていたのだ。
ダエモニアの上陸を食い止めなければ、シルヴィアの起こした奇跡に価値はない。

「止めなきゃ……。ひとりでも多く助けなきゃ……! フェニックスちゃん! フェンリルちゃん! お願い、もう少しだけ――」

召還の祈りを捧げる万梨亜に、この世界からは消失したはずの猫なで声が重なった。

「大丈夫よ。ここの人間は、もうみんな避難しちゃった後だから」

四人の前に現れたのは、なんとクリスティンだった。
居合わせた一同の驚愕した顔を見て満足したのか、怪しげな笑みを浮かべている。

「ひ、ひぃっ! クリスティンさんのオバケ!」

「お、お前……本当にクリスティンか!? 対消滅したんじゃなかったのかよ!?」

ミレイユとエレンの予想通りの反応に、より一層機嫌をよくしたクリスティンは、さも満足といった様子で口を開いた。

「こんなにカワイイ私がそう簡単に死ぬはずないじゃない。アレは、単なるデマ。オーキスの飼ってたダエモニアが『正義』だって分かったから、一番危険なシルヴィアに警告を送ったってワケ。『恋人の使い手が対消滅した』ってデマをレグザリオに流させてね」

「レグザリオがデマを流したんですか……?」

訝しむ万梨亜に、クリスティンは、護岸に佇む白銀の少女を見て呟く。

「どうも連中、今は永瀧で起こってる妙な事件にかかりっきりみたいでね。こっちにまで手を回してる余裕がなかったのよ。要は、利害が一致した、ってヤツね」

自慢げに語るクリスティンに、エレンが詰め寄る。

「それでアタシらまで騙すようなマネしたってことか……?」

「でも、そのおかげでオーキスの動きを早められたし、シルヴィアも助かったでしょ? なに、もしかしてエレンは私が死んで悲しかったのかしら?」

クリスティンはエレンに顔を近づけ、妖艶に微笑んだ。言葉にならない声を上げてエレンは飛び退く。顔色を悟られたくないのだろう、エレンはそっぽを向く。
クリスティンは落下するダエモニアの一団を見ながら、誰に聞かせるともなく声を上げる。

「こっちは大丈夫よ、隊長さん」

『んじゃ、始めるぞ』

待ち構えていたとばかりに短い通信がアストラルクスに響く。
通信の主が誰であるかは、すぐに分かった。そして、タロット使い達は安堵に胸をなで下ろす。
作戦は、すぐに開始された。

船の片舷から身を投げたダエモニアは、泳いで護岸を目指していた。その内の一体、最初に護岸を登ったポーン駒は周囲の警戒を始めるも、遠方から飛翔した一発の弾丸にコアを射貫かれた。
スナイパーの存在に勘づいたダエモニアの軍勢だったが、発砲のあった方角は、水中からは死角にあたる。橋頭堡を築くためには上陸し、スナイパーを無力化せねばならないが、一体また一体と、上陸した者から一方的に射殺される。

「へへっ、Dデイの仕返しだ!」

マンハッタンの摩天楼の屋上で、スナイパーライフルのスコープを覗き込みながらシャルロッテは得意げに叫ぶ。絶好の狙撃ポイントで、海から上がってきたダエモニアを次々と消滅させている。
タロットの力で作り出したライフルは、バレルが赤熱することもない。その意志が続く限り、引き金を引けば無尽蔵に弾丸を放つ。だが、いかにリズミカルな狙撃で無駄玉のない『最適解』を繰り返しても、それだけではダエモニアの物量に対処しきれない。
シャルロッテは、同僚に通信を入れた。

「舜蘭、白兵戦用意!」

『らじゃー!』

陸上に上がったポーン駒ダエモニアは、シャルロッテの射線から身を護るため、仲間を盾にしながら戦線を前へ前へと推し進める。飽和し始めたダエモニアは己の体を粘土のように溶解させ、船体へと上陸橋を延ばし始めた。
だが、その橋は完成を待たずして、物陰から飛び出した少女に打ち壊された。
舜蘭だ。

「石橋は叩いて壊すものだしね!」

舜蘭は、自らにダエモニアの銃口が向いていることなど気にも留めず、地上へ橋を架けようと変形するダエモニアの群れに飛び込んだ。延ばされる道を、シャルロッテの障害となる即席のバリケードやトーチカを、拳ひとつで粉々に粉砕する。

「あ~、お腹すいてきた……。これ終わったら経費で食べ放題していい?」

『食費は経費になりません! ご自身のお財布から捻出しなさい!』

舜蘭の独り言に割り込んだマルゴットもまた、この迎撃作戦に参加していた。
ただし、彼女の役割は少々他のタロット使い達とはその趣を異にする。

マルゴットは、アストラルクスではなく、物質世界に居た。
マンハッタンとアメリカ本土を繋ぐ橋の上。車道を塞ぐように停車させたバスを背後に、いらだつ大勢の一般市民の前でなぜか仁王立ちしていた。

「お嬢ちゃん困るよ、大事な商談があるんだ!」

「誰の許可で通行止めしてるのよ! 早く通さないと訴えるわよ!」

人々は、車道のど真ん中に立ち尽くすマルゴットに罵詈雑言をぶつけていた。それでもマルゴットはその場から一歩も動かない。
なぜなら彼女もまたタロット使い。
一歩たりとも戦場へ近づけないという強い意志をもって、何も知らない人々を堰き止めているのだ。

「だからもう少しだけ辛抱なさってください! 工事はすぐ終わりますから!」

「工事なんてしてないじゃない!」

口汚く罵る人々は、押し返しても押し返してもキリがない。
やがて人々はマルゴットを押しのけ、バスで作ったバリケードをよじ登ろうとする。だが、マルゴットは衣服も髪もボロボロにしながら、必死に人々を押しとどめた。
橋を渡りたい人々と、橋を渡らせる訳にはいかないマルゴットの泥沼の戦いは、アストラルクスの戦闘が終わるまで続くのだった。

『どうして私だけこんな役割なんですかぁ~っ!』

マルゴットの悲鳴混じりの通信は、霧依の耳を素通りした。
それもそのはず、霧依とヴァネッサは、アストラルクスで二体の血族ダエモニアと対峙していたからだ。
四体居た血族ダエモニアのうち、最初の一体はルーシアが命からがら撃破した。
三体となった彼女らは混乱に乗じて行方をくらましていたが、そのうちの二体が、『皇帝』と『吊られた男』の目の前に居る。

「血族ダエモニアかぁ~! オーキスの開発した技術を突き止める絶好の機会じゃないかぁ~! 欲しいなぁ、欲しいなぁサンプルッ!」

「分かってるだろうが、サンプル回収は禁止だ。ちゃっちゃとトドメを刺して仕事を終えろってのがレグザリオの指示なんでな」

瞳をらんらんと光らせる霧依に、ヴァネッサが釘を刺す。
しかし、霧依はそんなことはお構いなしといった様子で、着込んだ白衣の裏側からメスやカテーテルをジャラジャラと取り出した。

「じゃあ解剖はいいのか!? 人体実験は!? ロボトミーは!?」

「はぁ……。……好きにしろ」

不気味に笑う霧依と、説得を諦めたヴァネッサは、それぞれの得物に手を掛けた。




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