幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

最終章/幻影に舞う白銀_09

接近戦を得意とするシルヴィアに、オーキスはより間合いを詰めた超接近戦を仕掛けた。
ダエモニアのコアを取り込んだことで、オーキスは人間であったことなど微塵も感じさせない戦士へと変貌していた。俊敏なステップから、狂気と怨恨に満ちた狂戦士の拳が、シルヴィアの懐に飛び込んでくる。

「動きが鈍いぞシルヴィア!」

「このッ!」

迫る拳に、刃を沿わせる。切断をイメージするもオーキスの拳は砕けず、シルヴィアの剣が欠けることもない。

互いの意志の強さが拮抗していた。

インファイトで立ち回るオーキスは、刃に受け止められた右ストレートをすぐにしまい、左のフックを打ち込む。打点を見切ったシルヴィアは、幅広の刃で拳を防ぐ。
剣側面へのピンポイントな打撃は、刃をへし折るには充分だった。シルヴィアは使い物にならなくなった剣を投げ打ち、空想の鞘から新たな得物を展開。オーキスの拳を柄で受け止めながら、ストレートを放って延びきった腕や、蹴りを見舞った脚へ切り傷を付ける。
しかし、傷口は体内に取り入れたダエモニアの因子によってすぐに塞がってしまう。コアを潰さなければ、オーキスを止めることはできない。
無尽蔵の刃と、無限の再生能力がぶつかり合い、破片と飛沫を飛ばし合う。

「受け止めよ!」

短いステップでタイミングをずらしてオーキスが飛び込む。シルヴィアはそれをかわし、背後を取った。切っ先は背中を袈裟切りにしようとするも、振り向きざまに放たれたオーキスの裏拳に受け止められる。
返す刃で放った斬撃はオーキスに白羽取りにされが、シルヴィアはすぐに剣から両手を離し、新たに生み出した刃で両腕に斬りかかる。だが、裂傷は瞬時に修復される。

「そうやすやすとは死なないか、さすがはタロット使いだな!」

そう言って口角を上げたオーキスは、左のジャブから、フェイントを織り交ぜた右ストレートを見舞う。激突する剣と拳。刃の破片をばらまきながら飛び退いたシルヴィアは、今度は両手に白銀の刃を展開。片方を突きの刃、もう片方を斬りの刃としてオーキスの喉元を引き裂いた。
首の皮一枚でも繋がっていれば、オーキスの傷は再生してしまう。

「言え! 何が目的だ! なぜこんなことをする!」

オーキスのラッシュを弾き、受け止めながらシルヴィアは叫ぶ。折られては新たな剣を生み出し、オーキスへと刀傷を負わせ続ける。たとえ再生しようともそうする以外に対処法はない。

「なぜだと? 貴様らが言えた義理か!」

コアを突こうとした剣はへし折られた。もう一方の手に握られた刃でコアを切り裂こうとする。だが、オーキスはバックステップで切っ先を回避。距離を取ったところで、シルヴィアは生み出した短剣を投擲、牽制する。
オーキスは短剣を殴り飛ばし、一瞬で間合いを詰めた。

「正義の皮を被り、人間を殺すタロット使いの分際で!」

「あぐっ!?」

クイックモーションから、オーキスはシルヴィアの鳩尾めがけて拳を叩き込んだ。
腹部に走った激痛は、アストラルクスに顕在するためのイメージを歪ませる。
シルヴィアが弱ったとみるや、オーキスはコンビネーションを繰り出した。高速で繰り出されるジャブとストレート、ボディブローを浴びせて追い詰めていく。

「守るために殺すだと? そんなものは貴様らの都合でしかない! ダエモニアの治療法を探ることもなく殺すだけなら、貴様らは単なる殺人鬼だ!」

「お前と一緒にするなァッ!」

オーキスの拳を避け、渾身の力を込めて白銀の剣を叩きつけた。真正面から剣を受け止めたオーキスはバランスを失って吹き飛ばされる。
腹部に受けたボディブローに、シルヴィアは地面に倒れた。呼吸を整えるシルヴィアの向こうでは、オーキスも同じく展望デッキに片膝をついていた。

「はァ、ハガァッ、グアアアアッ……!」

過呼吸を起こしたかのように咳き込むオーキスの体が、不気味に膨らみ始める。その異様な苦悶の叫びに、シルヴィアはかつての軍立病院での出来事を思い出した。
ダエモニアのしこりが全身に侵食し、人間を強制的にダエモニアへと変える。以前と同じ現象が起ころうとした、その時だった。
オーキスは注射器を取り出し、自らの腕にためらう様子もなく突き刺した。薬剤がオーキスの体内に注入されるに従って変容は徐々に収まり、膨れた肉襦袢のような体は、オーキス本来の姿に戻る。

「……これが私の研究の成果、ダエモニア抑制剤だ。一時的に肉体と精神のダエモニア化を抑制する。すなわち……」

呼吸を整えたオーキスは、目を剥いて拳を振りかぶる。

「これが私の正義だッ!」

拳の速さと重さが、以前よりも増している。
気を引き締めたが白銀の剣は幾度となく折られ、穿たれる。だが、シルヴィアは諦めない。そのたびにイメージを繰り返し、空想の鞘から何度も剣を生み出す。
殴打の軌道を読み取り、その動きをより最適に防ぐ白銀の剣を呼び出す。それは長剣であったり短剣であったり、時には細身のレイピアとなり日本刀や脇差、鎌へと姿を変える。
最短手で突き出すオーキスを、最短手で白銀の刃が受け止める。絶え間なく激突し続ける両手と無数の剣は、打ち合わされるごとに周囲へ強力な衝撃波を発生させた。

「デュランダルッ!」

シルヴィアは白銀の騎士を召喚してオーキスを捕らえようとする。
だが、客船を受け止めたことによる消耗は隠しきれなかった。デュランダルはオーキスに装甲を貫かれる。元より、オーキスの猛攻を防ぐため、シルヴィアは剣に意識を集中させていた。白銀の鎧を維持するだけの余裕は残されていない。

「知りたいなら教えてやる! ダエモニアの研究は進んでいた!」

オーキスは打点のぶれない正確なジャブで剣をへし折り、次なる拳をシルヴィアの肩に叩き込む。

「対消滅現象には、ダエモニアの根源、ディアボロスタロットを変質させる可能性があった! これならばッ!」

シルヴィアの顔面めがけてジャブが飛ぶ。シルヴィアは二本の剣を顔の前で重ねて壁を作るも、それらはたやすく砕け散った。
白銀の光が割れた窓ガラスのように飛散する。

「苦しむ人々を救えた! ダエモニアを根絶できた! 悲劇の淵にある人類にとって、これ以上ない福音となるはずだった! それを潰したのは、レグザリオの駒ッ!」

よろけるシルヴィアに向けて、オーキスはジャブのコンビネーションから、渾身のストレートを放つ。

「貴様らタロット使いだ!」

直撃する瞬間、オーキスとシルヴィアの間に、デュランダルが割り込んだ。白銀の鎧はオーキスの拳をまともに食らって砕け、消滅する。
しかし、その先にシルヴィアは居なかった。
とっさにデュランダルを身代わりにしたシルヴィアは、上空へと飛び上がっていた。そのまま、直下のオーキスへ剣を突き立てる。

「はあああっ!」

落下点から飛び退いたオーキスに、シルヴィアは追撃を加える。コアへ向けての斬撃はすべて防がれるも、オーキスを遠ざけることに成功した。
不利な間合いを取らせない。インファイトではなく、シルヴィアの剣に最適な距離をなんとか確保する。

「それほどの理想がありながら、なぜ人々をダエモニアにした! 人々を救うのが目的ではなかったのか!」

「その目的のためだ! 研究の発展に、人々の犠牲は不可欠だッ!」

激突はなおも終わらない。間合いを取らせんとするシルヴィアと、隙あらば懐へ潜り込もうとするオーキスの、距離を巡っての戦闘が繰り返される。
時に懐へ潜り込まれ、時に遠ざける。磁石を裏表するように引き合い、遠ざけ合う一進一退の攻防が繰り広げられる。

「ふざけるな! そんなもの、罪もない人々を殺す理由にはならないッ!」

シルヴィアの叫びに激高したオーキスは、捨て身の特攻を仕掛け、シルヴィアの首筋に掴みかかった。

「ぐはッ!?」

「違う! 私は、殺した分だけ進んでいる! 数百年もの間、殺すばかりで進歩のない貴様らとは、覚悟が、目的が! すべてが違うッ!」

オーキスはシルヴィアの首根を片手で締め上げ、持ち上げた。シルヴィアはもがくも、すぐさま添えられたオーキスの両手に遮られる。

「私は血族として生まれ、世界のために犠牲になるタロット使い達を見て育った! 彼女らを変えたいと願った、人類を救いたいと励んだ。そしてようやく、治療の可能性が見えたのだ! 今はまだ仮説に過ぎないが、対消滅現象を実証できれば、貴様らとて悲惨な宿命を負わずに済むのだぞ!!」

シルヴィアの脳裏に『正義』の試練の記憶が蘇った。
何人もの候補者を退けたことで身に受けた代償に何度も喘ぎ、苦しんだ。
しかし、ソフィアや候補者達に送り出されたあの場所で、シルヴィアは自らの正義の本質を――それが一種の呪いであることに気づかされた。
正義として救い、殺し続ける覚悟は決まっている。

シルヴィアは剣をオーキスの腕に突き刺した。隙をついて着地し、その場を飛び退く。

「……私は、『正義』として生きる覚悟を決めている。守るために殺すことになろうとも、それで人々を救えると信じている!」

シルヴィアの発言を聞くや否や、オーキスは再び地面に崩れ落ちた。
先ほどよりもダエモニアの侵食が早い。全身を不規則に膨らませるダエモニアを黙らせるため、オーキスは二本目の抑制剤を腕に突き刺した。

暴発しそうだったオーキスの体は、再び人間のものに戻る。肩で息をする呼吸は少しずつ収まり、吐息はやがて聞こえなくなる。

不気味な静寂だった。
身構えるシルヴィアの前で、オーキスがゆっくりと立ち上がる。血走った瞳からは、ダエモニアが体内を環流していることをうかがわせる黒い涙が流れていた。
沈黙を破ったのは、オーキスだった。

「……笑わせるな。その程度の安い覚悟ならば……、偽りだらけの覚悟ならばッ……」

瞬間、オーキスはシルヴィアの懐に踏み込んだ。オーキスの得意とするインファイトの間合いから、強い怨嗟と憤怒、絶望を織り交ぜたストレートを放つ。
その拳はもはや、ダエモニアそのものだった。

「消え失せろオオオオォッ!」

打撃はシルヴィアの顔面へ。
直撃すればダエモニアにより死は免れない。
避ける時間は残されていない。
剣を延ばしても間に合わない。

すべてを悟ったシルヴィアは、同時に強くイメージした。
拳を受け止める、もっともよい方法を。
拳を、ダエモニアを、そしてオーキスそのものすら包み込むほどに強力な『正義』の意志を、形にしてしまえる方法を。

シルヴィアは、片手を上げた。
そして、オーキスのストレートを、掌ひとつで受け止めた。

「……貴様ッ!?」

シルヴィアは、オーキスの手を握りしめたまま、語る。

「……ようやく理解できたよ。お前が理想とする正義をな」

シルヴィアの体じゅうから、ぼんやりと白い光が漏れ始めた。白銀の意志、『正義』の矜持が燦然と光り輝き、オーキスがまとう黒い負の感情を相殺する。

「だが、お前のやり方は――お前の正義は、私の正義に反している。だから私はお前を……私自身の正義で裁くッ!」

 




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