幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

プロローグ編/第三話 『ブリーフィング(バス)ルーム』

「よーっし! お風呂タイムだーっ!」

「あたしはシャワーで十分なのにぃ~……」

「舜蘭ちゃんシャルロッテちゃん、お風呂はちゃんと入らなきゃダメですよ~?」

セフィロ・フィオーレ本部は世界中からタロット使いが集まる場所。そのためか設備はバッチリ。
特に日本人である私、優希万梨亜には嬉しい大きな湯船や、サウナも完備されているという念の入れようです。
今日は舜蘭ちゃんたっての希望で、日本式のお風呂で戦いの汗を流しています。
当の舜蘭ちゃんにとっては、お風呂というより温水プールのようですが。

「ねえ万梨亜~。あたしもう出ていい~?」

シャルロッテちゃんはシャワー派なのか、あまり湯船は好きじゃないようす。
とは言え、温まらないで出るのは風邪の元です。

「ちゃんと百秒数えましたか?」

シャルロッテちゃんは「つまんない」なんて不機嫌そうな声を漏らし、口元まで湯船に浸かってブクブクし始めました。
きっと律儀に百秒数えているのでしょう、「アイン」「ツヴァイ」とドイツ語がわずかに聞こえます。
ドイツ語混じりのブクブクを数えながら浸かっていると、お風呂の扉が不意に開き、ミレイユちゃんが入ってきました。

「ミレイユもニッポンのお風呂に入りなよ。あったかいよ~!」

「それどころではありません! 今すぐ作戦会議ですわよ!」

あら、どうやらまたダエモニアが出現したようです。
ですが、今回はいつもの非常警報が鳴りません。
それに会議なら、ミレイユちゃんが服を脱ぐ必要はないような気もしますし。

「戦況は? 前線への到達時間は!? 被害はどうなの!?」

ミレイユちゃんに一番に飛びついたのは、シャルロッテちゃんでした。

「ええ、未曾有の危機です。わたくしの胸は、恋い焦がれて張り裂けそうですの!」

「……は?」

ミレイユちゃんはがっくりと肩を落としました。
事態が飲み込めず固まっているシャルロッテちゃんと、鼻歌を歌っている舜蘭ちゃんの代わりに尋ねてみることにしましょう。

「ねえミレイユちゃん、会議って何のことかしら?」

私の問いかけにミレイユちゃんはハッと意識を取り戻し、持っていた書類を配って言い放ちました。

「愛しのシルヴィア様とお近づきになる方法を、ない知恵絞って考えてくださいまし!」

一同、沈黙。それはまあ、そうですよね。
手渡された書類には、ロンドンからやってくるタロット使い、シルヴィアちゃんについての情報が事細かに……、
それはもう隅々まで書かれていました。

「ふむふむ~……。胸の大きさではあたしの勝ち?」

とは資料を読んだ舜蘭ちゃん。両手でたぷたぷ胸を触って確認しているみたいです。
確かに数字の上では舜蘭ちゃんの方がちょっとだけ……いえ。
そもそも、秘密のサイズまで書く必要はあったのでしょうか。どうやってここまで調べ上げたのかも気になりますけれど。

「アッホらし~。あたし、いちぬーけたっ!」

お風呂を出ようとするシャルロッテちゃんを「行かせませんわよ」と制止するミレイユちゃん。
普段と違う真剣な眼差しに根負けした様子のシャルロッテちゃん、とりあえずミレイユちゃんの話を聞いてあげる気にはなったみたいですけれど……ちょっと不機嫌そうです。

「ミレイユちゃんは、この人――シルヴィアちゃんと仲良くなりたいの?」

「仲良く程度ではもの足りません!
ミレイユはシルヴィア様の伴侶として、健やかなるときも病めるときも生涯愛しぬくことを天地神明に誓いたいのです!」

「あー、本物だこいつ」

途端に興味がなくなった様子のシャルロッテちゃんに耳も貸さず、ミレイユちゃんは私に顔を近づけます。

「まずは万梨亜さん! さあ発言してくださいまし!」

「ええっ、私!?」

目と鼻の先の距離で私を見つめるミレイユちゃん。すごい剣幕です。
とは言え、誰かに好かれようなんて考えたこともない私です。ペットたちと仲良くなる方法なら分かるんですけれど。

「動物なら、一緒にごはんを食べると仲良くなれるかも……」

「じゃ、とりあえずみんなでチャーハン食べよう。それで解決!」

「さんせ~い。あたしも舜蘭のチャーハン食べた~い」

「動物!? チャーハン!? もっとマシな考えはないのですかあなた方は!」

残念。私と舜蘭ちゃんのアイディアでは満足してくれないようです。
舜蘭ちゃんの作ったチャーハンなら、きっとシルヴィアちゃんも気に入ってくれると思うのですけどね。

「次はシャルロッテさん! 天才の名を欲しいままにするあなたなら、ひとつやふたつあるでしょう!?」

「あたし銃以外興味ないんだよね~」

シャルロッテちゃんは体が冷えたのか、湯船に浸かってぷかぷか浮き始めました。言葉の通り、本当に興味がなさそうです。

「もう! 揃いも揃ってポンコツばかりですわね! 女の子なら自由恋愛のひとつやふたつくらい経験しているものでしょう!?」

「ジユウレンアイ? なんかチョーカラそー! 食べてみたーい!」

「いや、意外と酸っぱかったりするんじゃない? 知らないけど」

私はどちらかというと甘い方が好みですね。
って、そんな話じゃなくて。

「ミレイユちゃんはどんな風に仲良くなりたいのかな? それが分かったら、私たちもいいアイディアを出せるかも」

「そーそー。料理も拳法も日々の鍛錬が大切だしね。毎日コツコツ!」

「そんなじれったいこと、やってられませんわ! 他の娘に奪われる前にお近づきにならなければ!」

「じゃ献身的な女でも演じたら? あとはお色気とか」

シャルロッテちゃんは腰をくねくね動かしてみせます。
おそらく本人としては色仕掛けのつもりなのでしょう。私から見ると不思議な踊りにしか見えませんけれど。
ただ、ミレイユちゃんにはじゅうぶんセクシーなダンスに映ったようで、みるみるうちに顔を真っ赤にしています。
みんなウブな子ですが、ミレイユちゃんは特別そういうことに疎いのですよね。

「そ、そそそんなふしだらなことはお断りですわ! シルヴィア様とはピュアな関係……そう、一目惚れがいいのです!
衝撃的な出会い、そしてシルヴィア様のハートを一発で射抜く! これで決まりですっ!」

「えーと……」

どうやらミレイユちゃんは、いろいろ吹っ飛ばしてシルヴィアちゃんを一目惚れさせたいのでしょう。
どうにか気に入ってもらえそうなアイディアを考えていると、隣でぷかぷか浮かんでいたシャルロッテちゃんが立ち上がりました。

「要は、出会いがしらで射抜きゃいいってこと? それならいい方法があるよ!」

「本当ですの!? 早く教えていただけますかシャルロッテさん!」

シャルロッテちゃんは銀色に光る銃を取りだして、「はい」とミレイユちゃんに手渡しました。
一体どこから取りだしたんでしょう。いえ、そこは問題ではありません。

「なんですのこれは……」

「シャルロッテ印のオートマティック拳銃だよ♪」

「おおーっ! 確かに初対面で撃たれたらインパクトある! シャルロッテすげえ!」

「あ、あなた方どういう神経してますの!? インパクトどころじゃありませんわ!」

「み、みんなちょっと落ち着いて?」

さすがに止めに入りますが、こうなってしまうともう止まりません。
私が三人の間を右往左往していると、シャルロッテちゃんはゴホンと咳払いを一つ。そしてニヤリと笑って話し始めました。

「甘いな。そいつは撃った相手をホレさせるホレさせ銃だ。
撃たれりゃ最後、ミレイユを好きでたまらなくなるってシロモノでね。おっと、こっちに向けるなよ~?」

銃口を向けられたシャルロッテちゃんも舜蘭ちゃんも、反射的に両手を挙げて無抵抗といったようす。思わず私も手を挙げてしまいます。
本当にそんな銃が存在するとは思えませんけど、銃マニアのシャルロッテちゃんならあるいは……。
……いえ、さすがにウソですよね。それは。

「そ、そんなのウソに決まってますわ!」

「ふ~ん? まあ信じないならいいよ。あたしに返して?」

「ぐぬ……」

「あ~あ、せっかくのチャンスなのにな~? もったいないな~?」

ミレイユちゃんは銃をしげしげ眺めながらぶつぶつとつぶやき、ゴクリと生唾を飲みこみます。

「せ、せっかくですからもらってあげますわ! それじゃ!」

風呂場のドアをピシャリと締めて、ミレイユちゃんは鼻歌を歌いながら飛び出して行きました。
残った私たちは両手を挙げたまま固まっていましたが、シャルロッテちゃんの含み笑いが漏れてきます。
やっぱり、またいつものイタズラみたいです。

「あー、面白かった! ただの水鉄砲がホレさせ銃だってさ~!」

「シャルロッテちゃん、イタズラしちゃダメだっていつも言ってるでしょう?」

「だってつまんなかったんだも~ん」

悪びれる様子なく笑うシャルロッテちゃんに、私はため息しか出ません。
ミレイユちゃんもミレイユちゃんですが、裸で水鉄砲を持ってシルヴィアちゃんの所へ行くのではないかと思うとさすがに心配です。
ミレイユちゃんだけじゃなく、赴任早々巻き込まれることになるシルヴィアちゃんも。

「でもあいつ、どうして裸だったんだろ。話すだけなら脱ぐ必要ないのに」

「え? ニッポンのお風呂では裸になるのがマナーじゃないの?」

シャルロッテちゃんに即答する舜蘭ちゃん。
ときどき会話が噛み合わないのは、たぶん文化の違いということで。

「そろそろ上がりましょうか。ミレイユちゃんに謝らないといけませんしね」

もう少し浸かっていたかったですけれど、のんびりしてもいられません。
飛び出して行ったミレイユちゃんをどうやって引き止めるか考えながら、私もお風呂を出ることにしましょう。




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