幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NI MAU HAKUGIN

プロローグ編/第四話 『狂気と狂気』

あの男からの連絡が途絶えて三日。
毎日欠かさず気持ちの悪いラブメールを送り続けてきた人間が、こうも音信不通になるなんてそう起こることじゃない。
はやる気持ちをおさえて、私はセフィロ・フィオーレ本部内の情報処理室、もとい藤隠雫の私室を訪ねることにした。
ノックを一回。返事はない。

「雫、居るんでしょ? ちょっと頼まれて欲しいんだけど?」

ドアに耳をあてると、サブマシンガンを撃ち放したような銃声が漏れ聞こえてきた。
居ることは間違いない。というか間違いなくゲームしてる。それも仕事中に。
ノックを三回。今度は少し大きめに。

「私よ、クリスティンよ! 居留守なんてやめて大人しく出てきなさい!」

何度もドアを叩くと「あ~!」という苛立った声が聞こえる。それから待つこと数秒、怒鳴り声がドア越しに聞こえてきた。

「私は忙しい! 忙しいんだ! 霧依先生に頼んでくれ!」

「霧依さんは出掛けたわ。そもそもあなたにしか頼めないことなの」

「帰ってくれ! お前のせいで、お前のせいで……! せっかくクリアできるところだったのに!」

人の気も知らないで、という二の句を呑み込み、開かずの扉にもたれる。
この藤隠雫というあきれたタロット使いは、とにかくマイペース。押しの一手では絶対に姿を現さない。
でも攻略法は簡単だ。押してダメなら引けばいいだけ。

「チュロスがあるわよ。それとも、和菓子の方が好みかしら?」

雫を引っ張り出すにはそれなりの対価――つまりはお菓子が必要。
焦ってはいても交渉材料は手配済み。あまり根回しばかり上手な女にはなりたくないけど。

「この匂い……! 洋菓子なら紅茶だろ常考!」

「だろうと思って用意してるわ。冷める前に飲んだら?」

あんなに頑なだったドアはガチャリと開き、ドアの隙間から雫の片目がこちらを覗いてきた。
見るからに徹夜明けで肌はカサカサ、髪の毛はボサボサ、目の下のクマもひどいことになってる。
一応は女なんだし少しは気にした方がいいんじゃないのと思うけど、雫にとっては余計なお世話だろう。

「さあ願いを言え、どんな願いも聞き流してやろう」

「泳がせてた男から連絡がないの。ちょっと調べてくれない?」

ダエモニアの動向を探るため、私はダエモニアに見入られそうな男たちに近づいて調査を行っている。
昔から妙に男に言い寄られがちで、そういう星の下に生まれたんだろうなと自分でも思っている。
そう言う意味では天職ではあるんだけど、本心を隠して相手に接するのは、あまり気持ちのいいものじゃない。

「やっぱり忙しいから却下」

ドアを閉めようとする雫の目の前にチュロスをちらつかせて、何とか事情を話すことにした。

事件の発端は、私が接触したある男が音信不通になったことにある。
ただの連絡忘れとは思えないからこそ、その後の消息を掴まないとロクな結末にならない。
嫉妬や絶望に食われて一族郎党皆殺しなんて結末はなるべく避けたいし。

「……というわけなの」

私は狭苦しい部屋で、何台も並べられたモニタに向かってチュロスを貪っている雫に事情を話した。
当の本人は宣言通り聞き流しているだろうけど。

「もぐもぐ……。それで、私に何をさせる気だ?」

「仕込んだ発信器が今どこにあるか探してくれない? あなたそういうの得意でしょ」

「はぁ~、これだから機械オンチは困るな~。ハッカーってだけでネットの世界の神様か何かだと勘違いしてるんだろ?
情弱ってどうしようもないな~?」

なにこいつムカつく。
じゃあ自分でやると言いたいけど、私はそっち方面には疎い。
そもそも、ひとりでセフィロ・フィオーレの情報処理を担当しているようなレベルのハッカーと比べられる人間なんてそうは居ないだろう。

女相手に媚びを売るのは癪だけど、ご機嫌くらいはとらなきゃならないか。
実戦仕込みのハニートラップで。

「そうかなぁ? あなたならきっとできると思うんだけどなぁ~。ね、スーパーハッカーの藤隠雫さん?」

「なにそれ気持ち悪い……」

前言撤回。
ニート隠者に対しては強く出ないといけないらしい。

「いいからとっととやりなさい。食べたぶんくらいは働いてもらうわよ」

営業スマイルで威圧すると、文句を垂れながらも作業を始める雫。はじめからそうしろっての。

数ページにわたる書類にざっくり目を通した雫は、目にも留まらぬ速さでコンピュータを弄り始める。
忙しなく付いたり消えたりするモニタに映るモノはさっぱり分からない。
まるでデタラメにも思える操作にもかかわらず、男の顔写真が表示されるまでほんの数秒と掛からなかった。

「相変わらず手際だけはいいのね」

「こんな初歩的なセキュリティ突破できない方が情弱。どうせなら国家機密を盗み出すくらいさせろし」

いともたやすく表示された情報は、男の人生を事細かに示していた。
私が数ヶ月掛けて足で稼いだ情報を、ものの数秒で調べられるとそれはそれで悔しい。

「ん? どうやったか知りたいか? 知りたいだろ~?」

「必要ないわ。私にはこれがあるから」

悔しいので胸を張る。
私の全身にはデータ化できない心の奥底まで調べる力があるから、という自負を込めて。

「お、そうだ。タロット使いのスリーサイズは調べてあるぞ。そのご自慢のボディは何番目かな? ヒヒヒ……」

下品な笑みを浮かべる雫を無視して、画面に映る男の顔を眺める。
確かにこの男で間違いない。調査中に情がうつったわけではないけれど、こうして画面に表示されると複雑だ。

「で、どこに居るの?」

「えーっと。やっこさんの居場所は、っと……」

再び猛烈なタイピング音が響き、ディスプレイには本部内の映像が次々に浮かび上がった。
廊下やブリーフィングルームはおろか、司令部室に風呂場まで。入浴中の三人娘の姿がバッチリ映ってしまっている。
というか、私の部屋の映像まで映ってるんだけど。

「あ、間違った」

低いトーンでぼそりと呟いた雫は、すぐに画面を切り替える。
いろいろ言いたいことはあるけど、利用できそうだから黙っておこう。
とりあえず、部屋中ひっくり返してカメラ探しはするとして。

「よし、お前の彼氏を見つけたぞ」

雫が指さした画面には、どこかの建物内らしき場所が示されていた。
見覚えのある室内図。間違いない、セフィロ・フィオーレ本部内の地下室だ。
私との連絡を絶った男は、この施設に居ることになる。

「どうしてここに居るのよ。からかってるんじゃないでしょうね?」

「データに間違いはない。おおかたお前に会いに来たんだろう。運命の赤い糸とかで」

「赤い糸、ね……」

運命の赤い糸なんてものは存在しないのよ、なんて言ってやりたくなる。
どんなに探したところで、赤い糸なんてものは落ちていない。どんなに糸をたぐり寄せたって、まともな結末は待っていないのだから。

脳裏をよぎった記憶を心の奥底に沈めて、画面を見る。

「ログを見た限り、数時間前に湧いて出たらしい」

ずらりと並んだ文字の羅列を読み解くと、出現時間が分かるらしい。
ただ、読み方を知らなくても導き出された結論には想像がつく。

「まずいわね……」

男はダエモニアに食われてしまった。
それも、セフィロ・フィオーレ本部の地下室で。
徒労を重ねた挙げ句に何も得るものがない、最悪のシナリオ。
そもそもダエモニアに本部への侵入を許した時点で大問題だ。

「お疲れさま。あとは私の仕事よ」

「まあ待て。少しくらいなら手伝ってやらなくもないんだからね!?」

珍しく協力的な雫が持ち出したのは、何の変哲もないスマートフォンだった。
得意げな――雫曰くのドヤ顔で、私を見つめてくる。

「じゃーん! こんなこともあろうかと用意していたんだ。
その気になれば核ミサイルまで撃ち込める全ハッカー垂涎のエターナルでフォースなスマホだぞ!」

ただのスマホにしか見えないが、あれは雫のスキルとタロットの力を注ぎ込んだ正真正銘の魔改造スマホだ。
やろうと思えばなんでもできるんだろう。

「はぁ……、ダエモニアどころか人類まるごと全滅させる気?」

「まあ待て、コイツの有用性を教えてやろう。ひねればナイフにフォーク、付属のアタッチメントを付ければ掃除機やマッサージ器にも……」

「何が手伝えるっていうのよそれで……。だいたいあなた実戦より後方支援――」

説教のひとつでも、と思った矢先、部屋の外から高笑いが聞こえてきた。
この素っ頓狂な笑い声は、間違いなく……。

「ハハハハハーッ! 今日はいい日だ! 医学の発展に相応しい最高の実験日和だーっ!」

雫と双璧をなす話が通じない日本人、逆巻霧依。
この人のことだ。また良からぬことを考えているのだろう。

「霧依さん待って。そっちにはダエモニアが――」

「クリスティンか! 実はさっき新鮮なダエモニアが手に入ったんだ!
さあ秘密の地下室で人体実験だ! どこから調べようかなー、楽しみだなァーッ!」

制止も聞かず、地下室の方へすっ飛んでいった霧依さん。
その瞬間、私は頭の中ですべてが一本に繋がった。
内偵していたあの男はダエモニアになったが、霧依さんに生け捕りにされ、地下室に放り込まれていたのだ。
霧依さんの実験素材として。

「で、どうする? もっと調べるか?」

雫の問いかけに返事をする気力もない。
霧依さんがあの調子なら、もう何も聞き出せないだろう。手間ばかり掛けさせて何の情報もなし。せっかくの下準備が水の泡だ。
まったく、男って本当にバカなんだから。

「もういいわ。次の獲物を探すから」

また新しい情報源を探しに出掛けることにしよう。
今度は、途中で死んだりしない、そこそこ使えそうな男を探しに。




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