幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NO MESSIAH

序章/06

ダエモニア出現を知らせる鐘の音が余津浜支部に響く。緊急出撃命令だ。
あかり、ぎんかの両名は上昇機関(アセンショナー)鳥籠(ケージ)に体を預けた。経験の浅い者は、自らの意志でアストラルクスへ入れないためだ。
『座標固定、アストラルクス異常なし』
古ぼけた拡声器から、『運命の輪』のタロット使い、天道三姉妹の輪唱が聞こえた。聞き慣れたガイダンスに、二人は意識を集中する。
『コンベルテレントポジティオ!』
鳥籠の中で、あかりは足元を見下ろす。フロアに浮かび上がった幾何学模様の花びらが散ると、異界への扉が赤黒い口を開く。この穴へ落ちれば(・・・・)、日常のひとつ上の次元であるアストラルクスへ昇れる(・・・)上昇機関(アセンショナー)なんて名前のくせに、やることは落下。真逆だ。
「せやな。昇るんか堕ちるんかハッキリして欲しいわ」
隣の鳥籠から、ぎんかがうんざりした調子でつぶやいた。返事をしたような口ぶりだが、あかりは足元の光景について一言も喋っていない。
くだらない考えを見抜かれて恥ずかしくなったあかりは、頭を掻いた。
「やっぱり分かっちゃうんだ、さすがはアイオーン……」
「なんとなく、やけどな。天下のアイオーンの割にショボい能力やで」
鳥籠の中で、ぎんかは自嘲気味に笑った。

セフィロ・フィオーレの長・エティアによれば、ぎんかは対消滅でアイオーンと呼ばれる存在に変化した。ただし変化と言っても、他人の考えが「なんとなく・いろいろと・ぼんやり分かる」という掴み所のない能力を得ただけ。
アイオーンは未だ研究段階だ。ぎんか自身も苦労して研究に協力しているが、なかなか成果は出ていない。
「大丈夫、きっと分かるよ、アイオーンのこと。私も、できることは手伝うから!」
そう告げると、ぎんかはぷいっと視線を逸らした。気に病むことを言っただろうかと心配になっていると、唇をとがらせたぎんかが二の句を継ぐ。
「ホンマ単純すぎるわ。あかりは……」
「そう、かなあ」
あかりの気持ちを読んだらしいぎんかが、頬を真っ赤にして否定する。
(ちゃ)う。単純ってのは、本音と建前に表裏がないって意味! 喋る声と心の声で、まっすぐ伝えられてみい。普通は……ああ、もう!」
「えっと、どういうこと……?」
「あかりっちは天然タラシ(・・・)ってコトさ!」
疑問に答えたのは、ふたりのオペレーションを担当する霧依だ。上昇機関を操作するキーボードを叩きながら、くつくつと笑っている。
「た、タラシ……」
「ねえぎんかっち~? 霧依ちゃんは本音と建前、全然まったくこれっぽっちも表裏がない素直な女の子なのになぁ?」
「アンタはただのヘンタ――ぎゃあっ!?」
霧依の操作で、アストラルクスの開口部まで鳥籠が動いた。上昇機関の周囲を『太陽』と『節制』、ふたつのタロットが回転し始める。出撃準備完了だ。
「じゃ、気をつけて! 『あ~ん服が破けちゃったよ~』くらいのダメージで戻ってきてねえ? あ、でもそれ以上でもお姉さん全然アリ! 発狂とか洗脳とか血まみれとか――」
『おねーたんたち、がんばってね~』
霧依を無視した三姉妹の操作で、鳥籠の底が抜ける。あかり達は、穴を落ちてアストラルクスへ昇る。落下(上昇)しながら、自らのタロットをイメージする。
『太陽』は、明るく皆を照らし、時に熱く燃やし尽くす、天上で最高の炎。
その炎を形にする。母から受け継いだ武器――意志の剣と、燃える心に。

*  *  *

余津浜、臨海商業地区。さいの目に区切られた雑居ビルエリアの一角が、更地になっていた。その中心には、バロック様式の古城を再現したミニチュア模型が、いわくありげに置かれている。
ここはアストラルクス。
生と死の境界線上にたゆたう世界。そして、人々の意志が染み出す世界。
「分かるか、あかり」
「やってみる」
あかりは目を瞑り、耳を澄ませた。
周囲の近代的な光景とは明らかに不釣り合いな、あるはずのない古城の模型。その正体は、負の感情が生んだ異形の怪物・ダエモニアだ。こんな形でアストラルクスに鎮座している理由を知るには、直接本人に聞くしかない。
「……答えて」
静かに、優しく諭すように。ダエモニアに尋ねた。

しばらくの無音の後、音が聞こえた。細い糸を辿るように、意識を集中して耳をそばだてる。聞こえてくる音は大きくなり、それが声だと分かり、聞き取れるようになり、そして――
「うっ……!」
きーんとした。強烈な耳鳴りと目眩だ。
「どないした!?」
抱き起こしてくれたぎんかに、あかりは首を横に振って答えた。あかり達にとっては交渉失敗――戦闘開始の悲しい合図だ。
「すごくうるさいんだ。ひとりじゃないみたい」
「ひとりやない……?」
「それに、まだ違和感がある」
立ち上がり、あかりは中空に手を突き出した。

アストラルクスで戦うには、肉体を霊体へ変えねばならない。あかり達に成り変わり、これを行うのが上昇機関と鳥籠だ。だが、それだけでは体を昇華させただけだ。戦うためには武器が要る。
イメージする。明るく皆を照らし、時に熱く燃やし尽くす、天上で最高の炎。『太陽』の光輝のように眩く鋭い刺突剣(レイピア)だ。それを構えた瞬間――

伏せろ(Hinlegen)!』

――背後からの声に振り向いたあかり、ぎんかのちょうど真ん中を、鉛色の弾丸が掠めていった。
「んなあっ!?」
腰を抜かせたぎんかを横目に、あかりは弾の飛んできた方向に目を遣った。周囲を見渡して彼女(・・)を探していると、通信が聞こえてきた。
『フッフッフ! 新人部隊(ニュービー)どもよ! 救世主シャルちゃんが狙撃地点に到着だ!』
『あたしもいるよ~』
姿は見えないが、通信の主は余津浜支部のタロット使い、シャルロッテと舜蘭のものだ。
『戦闘は、威嚇射撃に始まる! はい舜蘭、復唱!』
『いかくしゃげきにはじまる~』
調子外れの通信の直後、風を切る音がして地面が抉れた。「ひぃっ!?」と後ずさったぎんかの数メートル先には、見事な弾痕が刻まれている。
「誰を威嚇しとんねんアホーッ!」
だが、縮こまるのはぎんかばかりで、古城の模型はビクともしなかった。少なくとも威嚇射撃は効果を発揮しなかった格好だ。
『フン、一発で仕留めてやるぜ! 撃て(feuer)!』
一条の光の筋が、古城の城壁にぽっかりと穴を空ける。恐る恐る穴の中を覗き込むと、何やら動いている人影が見えた。本来のダエモニアのように、暴れ回る気配は微塵もない。
「なんやこれ。ホンマにダエモニアなんか……?」
「……ドールハウスかもしれない」
「ドールハウス?」
シャルロッテの弾丸が貫通したことで、古城には縦に亀裂が走っていた。多くのドールハウスは、縦に割ることができるように設計されている。ドールハウスの内側、部屋の中でも遊べるようにするためだ。

「要は、真っ二つにするってこっちゃな?」
あかりの心の声を読み取って、ぎんかは『節制』を解放する。創り上げた己の武器――『節制』の槍斧を亀裂にあてがって、振りかぶる。
「ほな、ご開帳といくで!」
そして景気よく槍斧を振り下ろし、ぎんかは古城を両断した。はたしてそれは読み通りドールハウスだった。だが、内側を見たあかり達は息を呑む。

首輪付きの奴隷人形が、休まず滑車を回している。しかしその労働は、暴君人形の座る椅子をほんの少し高くするだけ。そんな光景の隣では、居並ぶ人形の腹を割いて、硬貨を取り出す姫君人形が居る。
古城の中に居る、傲慢な暴君と強欲な姫君。ただ、異常な人形はそれだけではない。突如現れた騎士人形が憤怒に任せて剣を振るい、周りの人形を切り刻んでいる。
設計者の精神を疑う、悪趣味な光景だ。
「どや? なんか聞こえへんか?」
問われたあかりは、再び声に集中した。生き残った三体の人形の言葉が、頭の中に流れ込んでくる。
「よく聞き取れないけど……みんな、自分のことしか考えてないみたいで……」
「これがその結果ってか……?」
「ええ。これはダエモニアが見ていた光景です」
聞き覚えのない声がして、とっさに振り向いた。背後に居たのは、三人の少女。年格好はバラバラだが、タロット使いのような武器を構え、あかりを見下ろしている。
「あなた達は――」
誰何する間もなく、周囲に猛烈な風が吹き荒れた。古城の中の暴君と姫君、そして騎士の人形が巨大なダエモニアへ変化していく。
「な、なんなんやこれ! どないなってんねん!?」
三人組のうち、真ん中に立った少女が淡々とした口調で告げた。
「死にたくなければ退いてください。これは私達第一期生(・・・・)の仕事です」


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