幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NO MESSIAH

第一章 かくて少女は地に堕ちぬ/06

「テメーらがド新人か。先輩から獲物を奪うたぁいい度胸してんじゃねえか」
 エレンの挑発めいた恫喝などどこ吹く風とばかりに、三人の先頭に立ったリーダー格の少女・アルテミスは耳元のインカムに指を這わせた。
「取り逃がした新型ダエモニアを確認。撃滅許可を求めます」
「聞いてんのかテメエ!」
「……了解。武装レベル3、ターミネートに設定」
 通話を終えた途端、第一期生達が青白い光に包まれた。それまでの光の粒子とは異なる、天から落とされたスポットライトのような光の柱が三人組を呑み込む。まばゆい光柱が粒子となって霧散すると、三人組はそれまでとは異なる得物を構えていた。その姿はまるで――
「タロット使い……」
 あかりに向かい合ったアルテミスは、身の丈ほどある剛弓を持っていた。枯れた植物の蔓が束ねられた弓は、【星】の使い手、星河せいらの水晶の弓とはかけ離れている。
「なり損ないです。なろうとして、なれなかった者。選ばれなかった(・・・・・・・)と言うべきでしょうね」
 答えたアルテミスの背後で、残りの二名も異なる武器を携えている。ブリジットはアンティークの如雨露(じょうろ)を、クロノスは浮かべた四枚の姿見を周囲に浮かべていた。
「じゃああなた達は、エレメンタル・タロットの血族……」
 言いかけたあかりの背筋に、冷たいものが奔った。
みなとだ。ナイフのように鋭利な敵意を全方位に放ち、三人組をにらみ付けている。
「どうしてまりんを殺した?」
「ダエモニアの抹殺に理由が必要ですか?」
「ふざけんなッ!」
 みなとの沼が突沸した。一歩、また一歩とみなとが歩みを進めるたびに大地は沸き立ち、ダエモニアの沼は陽炎を漂わせている。
「絶対に許さない――」
「クロノス、ミラージュケージ展開!」
 割り込んで、クロノスは姿見を放った。鏡はみなとの四方を隙間なく取り囲み、行動範囲を狭める。その様相は、鏡張りの牢獄だ。
「まりんを……! まりんを返せッ!」
 ハーフミラーの牢獄の中で、みなとは鏡に何度も拳を打ちつけた。だが、鏡は割れるどころか、打撃のことごとくを残りの三面から反射する。攻撃を反射する合わせ鏡、それがクロノスの武器の本質だ。
「ブリジット、アイアンワークス使用します!」
 続いて、ブリジットがアンティークの如雨露を天高く放り投げる。口金(くちがね)から放物線を描いて降り注ぐのは赤熱した溶鉄だ。溶鉄のシャワーはみなとに触れて固まり、美しい金属細工の鎖へと変わる。
 第一期生の二人による見事な連携だった。合わせ鏡の牢獄で逃げ場を奪い、金属細工の鎖で抵抗の意志を奪う。であれば、アルテミスの剛弓の使途も自ずと想像がつく。
彼女らの存在意義は、徹頭徹尾ダエモニアの命を奪うことにある。
「なんなんだよ、この世界も! あんたらも! まりんも! あたしはどうなったんだよ!」
 みなとの必死の叫びも意に介さず、アルテミスは枯蔦の剛弓を引き絞った。緑色の光輝の矢を出現させると、間髪入れず弓弦を離す。鏡の牢獄、金属細工の鎖に捕らえられたみなとに逃げ場はない。新型ダエモニアと思しき鈴掛みなとも、彼女達に為す術なく消滅させられるだろう。誰もがそう思った。
 ただ一名を除いては。
「あかりッ!?」
 思考を読んだぎんかの制止よりも速く、あかりの体は動いていた。飛来する矢軸のど真ん中を刺し貫くイメージをたぎらせて、剣で矢を食い止めたのだ。
「妨害ですか、太陽あかり」
「彼女は対話できる。殺す必要はない」
「退いてください」
 無感情に二の矢を継いだアルテミスは、まっすぐにあかりと、その背後に居るみなとに狙いを定めている。
「どかない! 私は二度と、冬菜みたいな犠牲者を出したくない!」
 冬菜もみなとも、ダエモニアのせいで世界から嫌われてしまった。どうあがいても冬菜を助けることはできなかったが、みなとは対話ができる。ならば、救うことができるかもしれない。
「そうですか」
 そんな考えなど知る由もないアルテミスは、弓弦に掛けた指を離すと同時に、天高く弓を振り上げた。曲射軌道。打ち上がった光矢は遥か上空で軌道を折り曲げ、大地へ向けて落下する。
 直撃する。――瞬間、突如ばらまかれた硬貨の隙間に稲妻が奔った。導電性の硬貨と雷で編まれたそれは、さしずめ電撃の網だ。網に当たった矢はわずかに軌道を変えるも、無力化することはできなかった。
「ああぁああぁぁああッ!」
 矢を受けたみなとの左手首から先がなくなっていた。苦悶の叫びを上げて必死に包帯を巻き付けるが、その程度では手首から噴き出すダエモニアの濁流は止められない。
「あかん、遅かった!」
 電撃の網を作り出したぎんかとエレンが駆け付けるも、すでに遅かった。みなとが捕らえられた鏡張りの牢獄は黒い感情で満たされ、そして――

「割れろ」
 圧力に耐えきれず、ハーフミラーの牢獄は音を立てて砕けた。みなとを縛っていた金属細工の鎖はいつの間にか溶け落ちている。
「第三装備でも数秒と保ちませんか。まさしく驚異的ですね」
 アルテミスは弓を下ろし、牢獄から解放されたみなとの姿を見た。切り落とされたはずの左手首から先は、ダエモニアが補っている。彼女は、ダエモニアと共生していた。
「じゃあどうする? それでもあたしを殺すワケ?」
「ええ。酷たらしく死んでください」
 みなとの問いかけに、アルテミスは不敵な笑みを浮かべた。互いににらみつけ、構えを取ったところで、あかりが二人の間に割り込む。
「アルテミスは……彼女らは敵じゃない」
「へえ、あんたはどっちの味方なの? あかりちゃん?」
「私は――」
 一瞬だった。言い淀んだ隙を突かれて、あかりは炎の刺突剣をみなとに奪われた。掛けだしたみなとは三人組の端、クロノスへ飛びかかる。
「えっ……!」
 迎撃用の武器を手にする前に、クロノスの左手は宙を舞った。動転して手首を抑えるクロノスを尻目に、みなとは足元の沼へと体を沈めていく。逃走を図る気だ。
「あたしはあんたらを絶対に許さない。いつか必ず」

 ――あたしが殺す。

 最後にそう言い残し、みなとは沼へと没した。
「アルテミスより報告。ダエモニアは逃走。クロノスが負傷しました。至急帰投します」
「待って、あなた達は!」
「何者か、など関係ありません。私達はダエモニアを討つ、それだけです」
 インカムに指を這わせたアルテミスは、あかりに言い置いて消えた。後に続くように、ブリジット、負傷したクロノスも光の粒へ変わる。

「ったく、どいつもこいつも勝手な野郎だよ」
「大丈夫か、あかり?」
「私は大丈夫だけど……」
 剣を握っていた手に目を遣ってあかりは答えた。
 タロット使いの武器の本質はイメージだ。仮にタロット使いから武器を奪ったところで、イメージを維持できなければすぐに光の粒へと変化してしまう。
 だが、みなとは剣を奪い、短い間ではあるがイメージを維持させた。みなとと敵対していた彼女ら三人組も、タロット使いのようにイメージを形に変える術を身につけている。
「手掛かりは何も得られなかった……」
 どちらの手掛かりも掴めなかった。落胆するあかりとぎんかは頭を鷲掴みにされ、髪の毛をクシャクシャにされる。
「ちょっ、何すんねん!?」
「あ? お前らがうまく立ち回ったから褒めてんだよ。充分収穫もあったしな」
「収穫?」
 あかりの問いかけに、エレンは笑う。
「両方とも無敵じゃねえってことだ。それだけ判れば充分だろ?」
 そう言って、エレンはふたりの頭を執拗に撫で回した。手櫛が強引すぎて、髪の毛を何本か巻き込んでいる。
「だからほら、褒めてやる! 喜べやオラッ!」
「んな強引な褒め方があるか――いたたたた髪が絡まる絡まる!」
「これでいいの……?」
 あかりの問いかけに、エレンは高笑いしながら頷いた。そして、付け足す。
「こっから先は適任がいる。公明正大な正義(・・)の騎士様に任せとけばいいのさ」
 そして、エレンに連れられて、あかりとぎんかは帰還した。三人が仲良く懲罰房送りになったのは語るまでもないことだった。

      *  *  *

 ロンドン支部、シルヴィアはエレンからのメッセージを受信した。『調べてくれ』というたった一言のメッセージに、ため息を吐いて背もたれに体を沈める。
「まったく、肝心なところは私頼みか」
「エレンちゃん、実はシルヴィアちゃんのこと尊敬してるみたいだから」
「あいつが私を尊敬だと?」
 まったくそうは思えない。これまでエレンが寄越した暴言と非礼の数々を思い起こすと皮肉のひとつでも言いたくなるが、添付されたデータを目にしてシルヴィアは考えを改めた。
「……第一期生、そして新型ダエモニアの鈴掛みなと、か」
「どうしましょうか、シルヴィアちゃん?」
 柔らかく微笑んだ万梨亜の問いかけに、シルヴィアは口元を緩めた。
「星河と月詠に召集を掛けてくれ。私はクリスティンとミレイユに連絡を取る」
「ふふ。賑やかになりそうですね」




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