幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NO MESSIAH

第二章 幼き星は白銀に煌めく/03

シルヴィアは東欧・サンクトペテルブルクの地に降り立った。空港の車寄せを響かせるクラクションの珍妙なリズムで、迎えに来た霧依と合流する。
「すまない、助かる」
助手席に座ったシルヴィアに、ナビが目的地――セフィロ・フィオーレ東欧支部までの距離を語りかける。「目的地までおよそ100キロです」。ロシアは広大だ。
「やー、ルーシアのついでよ、ついで」
「ルーシアが?」
意外な名前だった。聞き返すも、霧依は適当に相づちを打ってアクセルを踏んだ。慣れた手つきでシフトアップし、空港のロータリーを滑り出す。
「メルティナに用があったみたいね~」
「あの人間嫌いがわざわざ会いにくるとはな」
「魔女だからノーカンだってさ」
低いエンジン音を響かせて、車は高速道路をひた走る。車窓を左から右へ流れる景色を眺めていたシルヴィアの隣で、霧依が突然叫んだ。

「ところで。私いま、猛烈に貴女に欲情してるの!」
霧依は腰をくねらせ、熱っぽい吐息を吐いて自分の体をまさぐっている。本来ならただ事ではないが、霧依だから日常だ。
「そうか」
「ん~ッ、クール! それもまたよし!」
シルヴィアがため息をついたところで、霧依が本題を切り出した。
「貴女、新型を救ったでしょ。でも目前で死なれた。死因は拳銃自殺。違う?」
霧依は、報告すらしていないシャーリー・アマルフィの事件の顛末を当ててみせた。シルヴィアは聞き返す。
「なぜ分かる?」
「嗅ぎ分けた。血と紫煙とダエモニアの臭いはね、私の性欲をかき立てちゃうワケよ」
言われてシルヴィアは腕を鼻に近づけるも、霧依の言ったような臭いはなかった。霧依だからこそ分かったというところだろう。
「ついでに貴女の後ろに怨念が見えるわ。白装束姿で「うらめしや~」ってさ」
「これは恐ろしいな。その亡霊はなんて言ってる?」
苦笑したシルヴィアは、霧依の推理力を試すことにした。霧依はわずかに唸った後で、推論を重ねていく。
「犠牲者は女性。本心を隠すのが上手い、詐欺師か政治家か……いや、役者だ。日常的に自我を作り替えるから、自己像が曖昧になり自信を喪失しやすい。芝居に自信を持てなくなったのが自殺の真相ってトコ?」
ほぼ完璧に当たっている。見事なプロファイリングにシルヴィアは舌を巻いた。
霊媒師(エクソシスト)の次は名探偵か?」
「今はしがない勤務医さ。美人女医だと評判なのだぜ?」
霧依は首掛けのIDカードをシルヴィアに見せた。顔写真の隣には、外科医の肩書きと偽名が並んでいる。おおかた、病院で潜入捜査をしているのだろう。それはすなわち――

「お前の勤務先に『小劇場ガス爆発事件』の被害者が居る、ということか」
あの霧依が捜査に当たるとなれば、理由はダエモニア以外にない。
「ご明察」
霧依はダッシュボードから取り出した封筒をシルヴィアに手渡し、事件の真相を語り始めた。
「被害者の名前はユフィ・グレン。職業は舞台照明。ダエモニア化していた時の記憶はなく、『照明機器に電源を入れたとたん爆発した』と思い込んでいる」
霧依の説明を聞きながら、シルヴィアは資料を斜め読みした。戸籍、経歴や人物評を読んでも特別、目を惹く部分はない。
「彼女の証言は信用に足るのか?」
尋ねたシルヴィアに、霧依は『マル秘』と書かれた封筒を指さした。中に入っていたのは、ユフィと霧依が映った写真の束だ。何故か二人は裸で、脳が理解を拒む程のめくるめく官能の世界が映っている。
「……なるほど。自白剤いらずだな」
「ええ。何でも言うことを聞いてくれる素直な子よ」
マル秘写真は見なかったことにして、シルヴィアは報告書に目を落とした。
「ともかく。隅々まで調べた結果、ユフィが新型に罹患していたのは事実。欧州の二件だけを見れば、演劇が接点と言えるけど……」
「ああ。余津浜の事件とは共通点がない」
新型ダエモニアについての報告は、すべてシルヴィアの頭の中に入っていた。
新型を最初に確認・報告したルーシアは、それらを『人々の無意識の集合体』だと語った。いわば、人々の総意がダエモニアとなったものだ。
観測史上初めて新型に罹患したのは、余津浜市内の母親達だ。『母親が欲しい』と願った孤児達の純粋な想いが新型ダエモニアを生み出し、母親達を次々呑み込んだ。三名の犠牲者を出した『連続母子失踪事件』の真相だ。
だが、失踪事件の被害者に演劇関係者は居なかった。その後に発生した二件の新型事件でも同様、欧州と余津浜の事件に共通項は見当たらない。
「解せないな……」
シルヴィアは再び車窓に視線をやった。車は市街地を過ぎ、果てないシベリアの大地を疾走している。
「我々は今、目隠しして歩いているのだよ、ワトソン君。急いては事をし損じると言うだろう?」
霧依の言う通りだ。拙速な推理は、誤った結論を導き出す危険性がある。時には立ち止まることも必要だ。
「……そうだな」
シルヴィアは背もたれに体を沈めて瞑目した。途端、胸元に手が伸びる気配を感じて、念のため釘を刺す。
「安全運転で頼むぞ。ハンドルから手を離さずにな」
「お堅いねぇ」
霧依は小さく舌打ちして、アクセルを踏み込んだ。荒涼、シベリアの大地を割るように、車は東欧支部へ脇目も振らず駆け抜けていく。

*  *  *

マルセイユ。時刻は日付が変わる頃。
セフィロ・フィオーレのマルセイユ本校に辿り着いたあたしは、講堂を覗き込む怪しい女を見かけた。
「きーッ! 中が見えませんわ! せめてどこか侵入経路は」
ミレイユ・皇。修道服に金髪というド派手なトリコロールは、深夜でもバカみたいに目立っている。隠密活動には向いてない。
「こうなれば、下水道から侵入する他ありません。これも愛の試練! シルヴィア様への愛を証明してみせます!」
ミレイユとは関わりたくない。面倒臭いし、連日の移動であたしは疲れてる。
無視しよう。

「あら、あらあら! そのお姿はルーシアさん!」
素通りしようと気配を消した途端、ミレイユに見つかってしまった。最悪。あたしは両手で耳を塞いだ。
「ルーシアさんはどうしてこんなところへ? もしや教師として赴任なされたとかですの? ですわよね? そうですわよね!?」
圧がすごい。瞳をらんらんと輝かせ、あたしの両肩をがっちり掴んで離さない。
現実世界のあたしはひ弱だ。しかもミレイユはあたしより背が高いから、刃向かっても勝ち目はない。ただただ面倒臭い。
「知らない」
「とぼけても無駄ですわ! にっくきクリスティンさんに大枚はたいて聞き出したのです! ルーシアさんはマルセイユ校に臨時教師として赴任した、ですわよね!?」
しらばっくれるのは無駄だと悟った。だってミレイユの言う通り、あたしはメーガンからマルセイユ行きを命令されてる。あのムカつくメーガンは、ニタニタ笑いながらこんなことを言った――

『あなたの【死神】としての知見を、次の世代に伝承してほしいのですよ。死神の血統がいつ途絶えてもいいようにしておきませんとね』

――あたしには分かる。メーガンはあたしの生死などどうでもいいのだ。言うことを聞かないあたしより、従順な下僕や忠実な奴隷の方が扱いやすいってトコだと思う。死ねばいいのに。
「どうなんですの、ルーシアさん!?」
「面倒臭い女には関わりたくない」
「なら、仕方ありません!」
途端、あたしはミレイユに押し倒された。夜露に湿った柔らかな芝生の上で、あたしは体を押さえつけられる。霧依が読んでた、いかがわしい本みたい。
「力ずくなんて、悪い人ね」
「わたくしはシルヴィア様のためならどんな手も使いますの……!」
ミレイユの瞳がぐるぐる泳いでいた。だから面倒臭い女は嫌いだ。
「で、どうするの。あたしを犯すとか?」
「なっ、ななななななんてことをッ!?」
ただ、ミレイユはまだ子どもだ。ほんのちょっと揺さぶれば、すぐに顔を真っ赤にして慌ててくれる。他の連中よりはまだやりやすい。
焦ってふにゃふにゃになったミレイユを蹴っ飛ばすと、今度は泣き叫ぶようなミレイユの声がした。喜怒哀楽の忙しい女だ。
「お願いします、ルーシアさん! 情報が必要なんです!」
ミレイユは必死だ。正座して、おでこを地面に擦りつけている。噂に聞く、ジャパニーズ土下座だ。
「できることなら何でもいたします!」
何でもするとミレイユは言った。ならば、ちょうど頼みたいことがあった。
あたしは頬が緩みそうになるのを抑えて、ミレイユの耳元に囁いた。
「じゃあ、貴女の……処女の血を吸わせて?」

あたしは人間じゃない。
【死神】のタロットを受け継いだせいかどうかは分からないけれど、タロット使いとして覚醒したあたしは何故だか、人間の血を美味しいと感じるようになっていた。
つまるところあたしは、ヴァンパイアだ。

「あたしは情報、貴女は血。それが取引の交換条件」
「んな……!?」
あたしはエティアに吸血を禁止されている。仕方なくメルティナお手製の血の味キャンディでごまかしてるけど、おかげでいつもパワー不足だ。たまには本物の血を吸わないと元気が出ない。
「覚悟ができたらあたしの部屋に来て。それと――」
素っ頓狂な声を上げたきり呆けているミレイユに、一言だけ忠告してあげた。どうせ飲むなら、美味しい血液がいいから。
「鉄分補給はレバニラがオススメ」




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