幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NO MESSIAH

最終章 幻影のメサイア/06

「そんなん無理や。対消滅したらエレメンタルもディアボロスも消えて、アイオーンになるやろ!?」
「アイオーンは二種類存在したんです」
エティアは瞑目した。まるで、各地で巻き起こる仲間同士の戦闘を悼むようだった。

*  *  *

アイオーンとなったあたしを待ち受けていたのは、同じくアイオーンとなったエレンだった。
「アイオーンには二種類ある。エレメンタルの性質が強いあなたや【節制】の白金ぎんかは正位置。そして、ディアボロスが色濃い私やエレンは逆位置です」
エレンの強ばった表情がすべてを物語っていた。
唇の震え、瞳の焦点の不一致、冷や汗。今のエレンを支配しているのは【塔】の本質そのものの恐れや不安、行き詰まり。
生き写しと約束したばかりなのに――守りたい者が居ると言ったばかりなのに、あたしは口にせずには居られなかった。
「死ねばいいのに……」

*  *  *

「ディアボロスタロットを消し去る。それが母の――アリエッティの悲願でした。ですがレグザリオは我々と袂を分かち、ディアボロスを保存しようとしています」
「なんでそんな……」エティアに尋ねる傍ら、シュレディンガーが笑った。
「当然だよ、ディアボロスは実験道具だもん。なくなったら困るでしょ」
「あんたらのせいでどんだけの人間が苦しんできたと思ってるねん!」
ぎんかの恫喝を遮って、同じく歩いてきたラプラスが答えた。
「我々の目的は人類の進化だ。その道具がディアボロスとダエモニアだが、研究のためには人間に制御できるようにする必要がある。そこで目を付けたのが逆位置のアイオーンだ」
「でもね、『選んでダエモニアを取り憑かせる方法があるなら世界征服できるじゃん』って言い出すおバカな連中が出てきちゃってさ。困っちゃうよね、そういうの」
「メーガン部隊長達ですか……」

*  *  *

「レグザリオはディアボロスを失いたくないのですよ。だから、対消滅による人類救済を目論むアリエッティの救済計画に手を加えた。逆位置のアイオーンを創り出し、ディアボロスを保持するために」
「これがその成果です」と告げたメーガンは、指を鳴らした。それを合図に、エレンが稲光を放つ。分かりやすい直線軌道でも、威力は桁違いに上がっている。
「さて、エレン。裏切り者を拘束なさい」
恐怖に突き動かされている。恐慌状態に陥った新兵が、動くものなら敵味方の区別なく銃口を向ける行為にもよく似ている。
「あ、ああ……ああぁあぁああぁあぁあ……!!!」
ギターがかき鳴らされる。もはや演奏の体裁すら為していないメチャクチャな騒音だ。
「今のあなた、全然ロックじゃない」
レーザービームのような不規則な稲光をすり抜け、あたしは鎌の柄を握りしめた。
首を狩る気はない。刃は外側に。柄の部分で殴りつけて昏倒させるだけ。
あたしは彼女を殺したくない。
「おやおや。やはり、エレンを我が部隊に召集したのは失敗だったようだ。守るもののない孤独な【死神】を、弱い存在に変えてしまったのですから」
「黙れ」
「いいえ。部隊長として懲罰を与えます、ルーシア」
再び指が鳴った。空間が歪み、二人のタロット使いが引きずり出されてくる。瞳の焦点が合わないアイオーンの【力】と【戦車】――舜蘭とシャルロッテだった。
「死ねばいいのに、ポンコツども……」
「最後の最後で面目躍如の働きを見せてくれましたよ。恐れに支配されたエレンと違い、加減を知らぬ【力】と理性なき【戦車】ですからね」
一対三。エレンの乱雑な稲妻に、シャルロッテの正確無比な狙撃。そこに舜蘭の近接戦闘が加わる。知覚を最大限に巡らせたところで、すべてを避けきることはできない。
稲光を背中に受けて硬直した。鎌を狙撃されて武装解除させられた。怯んだ隙に、鳩尾に拳がめり込んだ。
息ができなかった。イメージを保てなくなった。あたしの視界は天地の境を失い、ただアストラルクスの空を落下する。

あたしは初めて、負けた。
だけど――恐怖に歪んでいても――エレンが生きているのならそれでもいいとあたしは思った。

*  *  *

「レグザリオの老獪達は本気なんだろうけど、メーガンは明らかに愉しんでるんだよね~。例えば、ある国の政治家をダエモニア患者にして『汝の隣人を殺せ』って法律を作ったらどうなるかにゃ。他にも世界的アーティストや宗教指導者に、自殺を奨励させたらどうなるかにゃ? みたいな」
レグザリオに人間性を期待するな。アリエルの言葉の真相に気付いたあかりは、とうとうラプラスに掴みかかっていた。
「人の命を何だと思ってるの! そんな研究絶対に許せない!」
「君の父親もやってたことだよ? 同じ穴のムジナだって」
高取肇の日誌を読んだ段階で、その可能性には気付いていた。研究には犠牲がつきもの。奇しくもそれは、エティアの母親アリエッティの言葉とも重なる。
「エティアさんは知ってて協力したんですか!?」
エティアは瞑目したまま、ゆっくりと唇を動かした。

「時間のようです。次に対消滅するのは、私です」

立ち上がり、エティアは涙ぐんだ瞳のまま微笑んだ。
「最後に皆さんに話せてよかったです。私のことも、私の母親のことも」
「待ってください! まだ答えを聞いてないっ!」
「せれなお姉ちゃん!」
るなの叫びに頷くと、せれなはアストラルクスに転移した。
「自力でアストラルクスへ行けんのが歯痒いな……! こんなことになるんやったら練習しとけばよかった!」
「あかり、周囲を警戒して! アストラルクスじゃなくても、ドッペルゲンガーの気配くらいは感じられるかもしれない」
あかり達の行動に、エティアは静かに息を吐いた。
「私が対消滅しないように、ドッペルゲンガーと戦うつもりですか?」
「そうです! エティアさんには聞きたいことが山ほどあります! 仮にそれでショックを受けるようなことになったとしても……私はエティアさんを守りたい! エティアさんはお母さんみたいに……私を守ってくれた人だから……」
「お母さん、ですか……ふふ。長生きはするものですね……」
エティアはあかりを、そして周囲を見張ったせいらやるな、ぎんかを大きな腕で抱きしめた。
「でも、ダメなんです。やってくるのはドッペルゲンガーではなく、エレメンタルタロットですから」
「え……」
あかり達の背丈に合わせて屈んだエティアは、一人一人の顔を見る。
「【世界】のディアボロスタロットは、1500年前のあの時から、私の体内に封印されているんです。私のエレメンタルタロットをレグザリオが握っているのは、条件が整うまで私を泳がせるため。22人全員が対消滅する状況を作り出すまで、セフィロ・フィオーレという檻の中に私を閉じ込めておくため」
エティアは懐から、周囲の光を吸い尽くさんばかりに黒く染まったディアボロスタロットを取り出した。
「ですが今しがた、【世界】両方の封印が解除された。レグザリオにとって私は用済み、救済計画のピースに過ぎません――」
途端、エティアの体が眩い光を放った。ディアボロスの隣に突如出現したエレメンタルが互いを引きつけ、重なり合おうとしている。
「エティアさんッ! 待ってください、エティアさんッ!!!」
「あかりさん、最後にひとつだけお伝えしておきます」
目も開けられないほどに眩い光の中で、エティアの声だけが耳に届いていた。
「レグザリオの計画は失敗します。その後、真の救済計画が始まります。それを止められるのは貴方だけ」
「私……?」
「あなたにしか頼めません、お願いします。本当の救世主になって――……」
光とともにエティアは消えた。現実世界にもアストラルクスにも見当たらない。ただ意味深な言葉だけを残して。

*  *  *

『……エティアが対消滅した』
努めて無機質なアリエルの念話だったが、必死に感情を抑えているだろうことは推し量る必要もなく理解できた。
「私達の他は誰が残っている?」
短く問うたシルヴィアに、いまだ対消滅していない者の名前が告げられる。
副長アリエル、シルヴィア以下、万梨亜、ミレイユ、クリスティン。白金ぎんかを除く新人部隊3名と、永瀧で後方支援を担当するマルゴット、天道三姉妹。
「もう半分も残っていない訳ね」
「急ぎましょう、シルヴィアちゃん!」

シルヴィア達は新人部隊との合流を目指していた。
新人部隊の彼女らは部下ではない。だが、一瞬でもシルヴィアの教え子だ。『部下を信じ、部下を守れ』と諭したヴァネッサの言葉は、シルヴィアの中にしっかりと根付いている。
『シルヴィア、気をつけろ。メーガンは都合のいい対消滅を仕掛けて、タロット使い達を次々に傀儡にしている』
「ああ、お陰で手を焼いているよ。やりづらいことこの上ない――」
「ヤりづらいならお姉さんが手取り足取りリードしてあげよっかぁ? シルヴィア?」
シルヴィア達の行動を阻むように、足元にメスが突き刺さった。投擲されたものだ。反射的に動きを止めて居場所を探ったシルヴィアは、アイオーンの光を纏う霧依の姿を見留めた。
「私とシルヴィア様の逃避行を邪魔しないでくださいまし!」
「え~? そんな『チェンジで』みたいな顔しないでよ~。こーんなセクシーな女医さん、もっと有り難がった方がいいぞ?」
「ミレイユの言う通りだ。あいにく、貴様と遊んでいる暇はない」
「なら誰にする? 危険な香り漂わせる女とか、穢れなき盾の乙女とか? それとも、博愛主義のナースにしとこっか? ねえ、シルヴィアちゃん?」
意味深な霧依の発言の後、シルヴィア達のドッペルゲンガーが姿を現した。
「やはり、狙いは対消滅か……」
「避けられない運命って所みたいね。どうする、シルヴィア?」
「決まっている。正義を貫き、部下を守るのが私の務めだ」
シルヴィアは短く嘆息し、白銀の騎士鎧を出現させた。
「ついてこい、デュランダル!」




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