幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NO MESSIAH

第三章 月光下のアマリリス/01

余津浜支部、地下会議室。対ダエモニア結界を巡らせた最後の砦とも呼ばれる部屋で、あかりは緊張のあまり直立していた。心臓が早鐘を打つのも、喉が異様に渇くのも、あかりの半分を占めるダエモニアが結界の影響を受けているからではない。
『では、説明をいただけますか、ミス太陽(ソレイユ)。鈴掛みなとについて』
「はひゃい!」
声を裏返らせて、あかりは顔を上げた。セフィロ・フィオーレの長エティア、副長アリエル。二部隊の隊長ヴァネッサ、メーガン。そしてマルゴット。円卓を囲む五名のお歴々が、あかりに視線を送る。緊張するのも無理はない。
「彼女はタロット使いとかアストラルクスとか、ダエモニアになった自分のことすら知らないみたいで……その……。変かもしれないんですけど……」
「彼女が可哀想?」
エティアの問いかけに「はい」と答えると、立体映像として会議に参加している、半透明なメーガンが呵々と笑った。
『だそうですよ、シルヴィア支部長。あなたの見解を伺いたいものですね』
同じく直立していたシルヴィアは、隣のあかりに視線をやってから答えた。
「鈴掛みなとは第一期生二名を殺害した。霧依によれば、高濃度のダエモニアに呑み込まれたらしい。この部分だけ切り取れば、彼女を敵性指定する理由としては充分だろう」
あかりは言葉を失った。鈴掛みなとは、転移に失敗したあかりを気遣った人間(ダエモニア)だ。そんな彼女が凶行に出るだろうかと悩んでいたところに「だが」とシルヴィアが続ける。
「第一期生の側に原因がないとも言えない」
『根拠は?』と半透明のアリエルに尋ねられ、シルヴィアはあかりに視線をやった。当事者として話せということだろうと解釈して、乾いた喉を鳴らす。
「鈴掛みなとは、友達を目の前で殺されています。本当は私達が助けようとしたんですけど、第一期生に割り込まれて……」
『仇討ちと言うわけか。殊勝なもんだね』
同じく半透明姿のヴァネッサはのんびり呟いて紫煙をもくもく吐き出した。ホログラムの煙に顔をしかめてぶんぶんと手を振るマルゴットの隣で、エティアが尋ねる。
「メーガン隊長。今のは事実ですか?」
『さあ、私は現場の判断を尊重しておりますので。彼女ら第一期生が討伐の必要性を認めたのであれば、そうなのでしょう』
「責任逃れか、メーガン部隊長」
『何を仰る。第一期生を監督する私には、相応の責任がありますよ。なんせ、構成員をダエモニアに殺されてしまったのですから』
その場の誰もが、メーガンの言う責任(・・)がすれ違っていることに気づいた。
『お忘れでしょうが、ダエモニアは人類に仇なす害獣です。鈴掛みなとを含む新型は、弱点(コア)を克服して進化した存在だ。一刻も早く駆除せねばならない瀬戸際に、救済だなどと世迷い言も甚だしい』
「貴様ッ……!」
『シルヴィア』と名を呼んで諭され、シルヴィアは半透明のメーガンをにらみ付けた。ひりつく空気の中、室内に立ちこめるヴァネッサの紫煙が余計に息苦しかった。
「では、決を採ります。新型ダエモニア・鈴掛みなとを我々に仇なす存在として認定、駆除する。異論のない方は拍手をもって承認を」
半透明のメーガンの拍手に続き、アリエル、ヴァネッサが手を叩く。報告した二人をチラ見したマルゴットも遠慮がちに手を叩き、議論は終わった。堅く握られたシルヴィアの拳を見て、あかりは静かに決意して目を瞑った。そして。
「では、我々は鈴掛みなとの駆除を最優先事項として設定。討伐隊を組織し、駆除に――」
「あの、エティアさん!」
言い終わるより早く、あかりは挙手した。
『出過ぎた真似をするな』と睨みを利かせたアリエルを制し、エティアはあかりに発言を促した。
「その討伐隊、私ではだめでしょうか?」
まだ新人であるあかりの提案に、議場は騒然とした。
「この任務は相当に危険ですよ?」
マルゴットの問いかけに、あかりはそんなことは百も承知とばかりに頷いた。
『無謀もいいところだぞ、太陽あかり』
「いえあの……他に居なければですけど……」
アリエルに凄まれて、あかりの語尾は徐々に小さくなる。居心地の悪い沈黙を破ったのは、ヴァネッサの拍手だった。
『いいんじゃないか? 太陽は第一発見者だしな』
『何を呑気な。彼女ひとりに任せるのは危険過ぎるだろう』
『なら新人部隊の三人もつけてやれ。問題ないか、シルヴィア支部長』
少し時間を置いて、シルヴィアは頷いた。
「彼女らなら適任だ。手配しよう」
『私は反対ですけれどね。迅速に駆除するのであれば、ルーシアあたりの選抜をオススメしますが』
「人事権は私にあります。それにルーシアさん、エレンさんはシルヴィアさんの任務に同行いただくことになっておりますので」
メーガンの提案を蹴りつけ、エティアは静かに笑った。あかりの背筋が一瞬冷えた。
『初耳ですが、構いません。部下を頼みますよシルヴィア支部長。くれぐれも彼女らを壊さぬように』
「分かっている」
「では、鈴掛みなと討伐はあかりさん達にお任せします。うまく救ってください(・・・・・・・)ね」

*  *  *

「……ということがあったんだ」
会議から数日後。余津浜支部のあかり私室には、懐かしい顔ぶれが勢揃いしていた。
「すごい度胸。オトナみたい……」
「あかりのビビった様子が目に浮かぶな」
「もうあんな会議出たくないよぉ~……」
ベッドに腰掛けるあかりは、隣に座ったるなに体を預けた。その様子を見ながら、椅子に反対に座るぎんかと壁にもたれたせいらが笑っている。
「余津浜行きを命じられた時は理由が分からなかったのですが、そういう真相だったのですね」
太ももの上に落ちたあかりの頭を撫でながら、るなが呟く。
「こうやって再会できたんは、あかりのおかげって訳やな」
「なんだかごめんね、巻き込んじゃったみたいで」
「気にしないでください、あかりさん」
「構わない。私も気になっていたから」
せいらは呟くと、懐から果物ナイフを取り出した。「物騒やな!?」と叫ぶぎんかを無視して、せいらはナイフをあかり達に見せる。
「これは、鈴掛みなとが使ってたもの。あかり、何か分かる?」
あかりはナイフを受け取り、目を瞑って気配を探った。
「ううん、これといって感じないかも……」
感情をあまり表に出さないせいらの「そう」という返事は少し寂しげだった。
「手掛かりはないみたいですね」
「殺害命令かあ……」
言って、あかりは項垂れた。
「……変かもしれないけど、あの人は悪いダエモニアじゃないと思う。話だってできるし、転移に失敗した私を気遣ってもくれたから」
「第一期生を殺していても?」
せいらの問いかけに、あかりは一瞬言葉を詰まらせた。
「もちろん、それは悪いことだよ……。でも……」
「親友(まりん)をあいつらに殺されとるからな。仇を討ちたいと思ったんやろう」
「復讐は虚しいだけだけど、私も分かる」
せいらは窓の外に視線をやって呟いた。
「でも、ロンドンでは人々を助けていたそうです。いつものダエモニアとは違うんですよね……」
「だよね……」
「ところで、第一期生とはどんな人なのでしょう。私は会ったことがなくて」
るなの問いかけに、あかりとぎんかは唸った。
「タロット使いのなり損ないって言ってたくらいだよね……」
「それ以外には何も分からんな。メーガン……部隊長が裏でなんかやってるのは間違いないけど……」
「アイオーンの力で心を読めないの」
ぼそりと呟いたせいらに、ぎんかは「無理無理」と手を振った。
「悪魔部隊の連中はまったく理解できひん。思考にクセがありすぎるねん」
「つまり、頭がおかしい?」
「そこまでは言ってへんで?」
びしっとせいらにツッコミを入れて、ぎんかはやれやれとため息をついた。
「難しい任務になりそうですね。本当に彼女を討伐すべきか、少し迷います……」
「大丈夫だよ。別に倒す必要はないもん」
元気に告げたあかりに、落胆した様子のせいら達は顔を上げた。
「どういうこと?」
「エティアさんには『救ってください』って言われただけだよ。殺す以外にも救う方法はきっとあるよね!」
あかりの言葉にいち早く勘づいたのは、ぎんかだった。
「なるほどな、エティアはんやシルヴィアはんがウチらを指名したんは、そういうことか」
「『殺さず救え』……」
「……そうですね。私達の言葉なら、聞いてくれるかもしれない」
その時、ダエモニア出現を告げる鐘の音が響いた。三姉妹の研究解析によって可能となった、特別な鐘の音――鈴掛みなとがアストラルクスに出現した合図だ。
「ちょうどいい! 早速行くで、タロットカルテット!」
四人分の「おーッ!」と、私室を飛び出す駆け足の音が、余津浜支部に響き渡った。




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