幻影に舞う白銀

Web novel GENEI NO MESSIAH

最終章 幻影のメサイア/15

「救世主……?」

朦朧とした意識で、あかりはシルヴィアの言葉を復唱した。
短く「そうだ」と切って、シルヴィアはあかりに手を差し伸べる。あかりを守るように展開された盾はミレイユのもので、傍らでは万梨亜があかりに治癒を施し、クリスティンはセフィロトを苦々しい顔で見上げている。

「るなちゃんは……?」
「るなはうちらが食い止める! あかりはセフィロトや!」

叫ぶぎんかは、せいらとともにるなを必死に抑え込んでいる。るなの瞳はあかりを刺し殺さんばかりに、悲しみと怒りに濡れていた。

――るなも救いたい。が、今はセフィロトを伐らなければならない。
親友への想いをなんとか押し殺して、あかりはシルヴィアの手を取り立ち上がった。

「シルヴィアさん、私――」
「皆まで言わずとも分かる。すべてを救いたいなら、セフィロトの内部へ飛び込め。それしか方法はない」

シルヴィアは銀騎士デュランダルを召喚し、幅広の剣をセフィロトの幹に叩きつける。銀騎士の切っ先は精密で一点のブレもない。幾度となく同じ場所を斬りつけていく。

「クリスティン、メーガンの姿は!?」
「……居たわ、上空5千メートル。ルーシアと交戦中」

*  *  *

あかり達の姿など見えない遥か上空。ルーシアは鎌を持ち上げ、重い息を吐いた。

「……悪ふざけも大概にして。メーガン」
「私は至って真面目ですよ。人類の行く末を見守るという崇高な責務を帯びておりますので」
「それが悪ふざけだと言ってる!」

メーガンは肩をすくめ、空間に歪みを作った。メーガンの能力は、平たく言えば空間を無理矢理繋ぐゲートだ。所在不明とされていたレグザリオに介入できたのも、この力があってのこと。

「本当の悪ふざけというのは、こういうことを言うのですよ」

メーガンの指が鳴り、ゲートからタロット使いが滑り落ちてくる。見慣れた姿――痛々しいほどのパンクロッカーが、メーガンの傍らに浮かんでいた。

「……エレン」
「さて、ルーシア。貴女には失望しましたが、もう一度チャンスをあげましょう」
「……悪魔と取引はしない」
「エレンを取り戻せるとしても、ですか?」

ルーシアは黙した。同時にメーガンはうすら笑いを浮かべる。

「エレン・ライオットは今や、私の操り人形に過ぎません。ですが貴女が、太陽あかりを潰すなら、解放しても構いません」
「……人質に取ったつもり?」
「フェアな取引ですよ。さあ、どうしますか?」

ルーシアは静かに息を吐き、眼下に視線をやった。眼帯で覆われた片方の瞳が、肉眼では捕らえられないほど小さなあかり達の姿を捉える。

「……なら、あたしからも条件を出す」
「ほう?」

ルーシアは告げた。

「ロックじゃないエレンなんて要らない」

ルーシアは再び、同じ台詞を繰り返した。メーガンではない。その傍らで、胡乱に目を見開いているエレンに届くように。

「……いつまで眠っているつもり、エレン」
「クク……クククク……! この期に及んで感情に訴えかけると? あの血も涙もないルーシア・ナイトウォーカーが……!? これは傑作だ……!」

ルーシアは静かに、己の中に芽生えた――いや、長く眠っていた妙な気恥ずかしさをこらえて告げた。

「貴女のロックを聞かせて」
「…………」
「……ロックは反抗のシンボル。そんなザマでロッカーとか笑わせないで」
「…………」
「クク……音楽のチカラなんてものを信じていると?」
「……黙ってろ。あたしはロックの話をしてる」
「…………ロック……?」

胡乱な瞳が、焦点を取り戻す。その様子に驚いたのは誰あろうメーガンだった。

「な、に……?」
「……ロックを聞かせてよ」
「…………アタシの……ロック……? アタシは……何者だ…………?」
「いいえ、貴女は私の手駒だ。私に従え――!」

再びの洗脳を試みようと、メーガンが指を鳴らす。その双眸はいつものイヤらしい笑みではない。驚嘆し、焦っている。ルーシアですら見たことのない、メーガンの本性だ。
仕方がない、とルーシアは嘆息した。むず痒さと気恥ずかしさで浮きそうな歯を食いしばり、口を開く。

「……二度は言わない。聞け、ヘボロッカー」
「…………」
「……貴女はエレン・ライオット。あたし、ルーシアが唯一認めたロックで……友達」
「アタシは…………ルーシアの…………友達…………?」

途端、エレンが眩い光に包まれた。まだらな――逆位置のアイオーン特有の光背を塗り潰すように輝いたのち、聞き慣れた耳障りなリフがあたりに雷鳴のごとく轟く。

「……そうか、そうだよな。やっぱアタシがいねーとルーシアはダメだもんな……!」
「ムカつく……」

普段通りの態度はそれはそれで腹立たしいものの、メーガンの小間使いになっているよりは余程マシだ。ルーシアの口角は自然と上がっていた。

「愛が奇跡を起こしたということですか? 代償は高くつきますが、覚悟はできているのでしょうね。ルーシア?」

幾分か直接的なメーガンの脅しも、ルーシアを拘束する力はない。そもそもルーシアを縛るものなどメーガンは持ち合わせていなかったのだ。

「あたしはあたしの好きにやる。口出しするなら貴女だろうと殺す」
「……殺せるとお思いですか?」

覆い隠していたメーガンの殺気を察知し、ルーシアは首を横に振った。

「殺せるとは思っていないし、そっちもあたしを殺す気はない。貴女が悪ふざけを続けるなら、あたしも悪ふざけをするだけ」

メーガンは肩をすくめてみせた。それが呆れか憐れみか、ルーシアには分からなかったがメーガンに交戦の意志がないことは理解できた。

「……太陽あかりに加勢する。ついて来て、エレン」
「ヘッ、当然だ、相棒!」

*  *  *

「やはり刃が立たんか! 合わせろ、太陽あかり!」
「はいっ!」

あかりを交えての再びの斬撃。同じく精密な斬りつけにも関わらず、セフィロトの幹には刃が食い込む気配さえない。

「何度やったって無駄よ。生命の樹なんてそうそう伐れるものじゃないわ」
「やる気を削がないでくださいまし、クリスティンさん!」

いつの間にか加わったミレイユの槍をもってしても、幹はビクともしない。そればかりか、蛇のごとく伸び出した枝が幹を覆い、さらに守りを固めていく。

「あかり、そろそろ危ない! るなを抑えられないかも!」
「泣き言言っとる場合やないのは分かってるけど!」
「お願い、もう少しだけ耐えてッ!」

獣が吠えた。悲しみと怒りの咆哮は、あかりの耳にははっきりと届く。
――せれなに逢いたい。
るなの思いを叶えるため、るなを元に戻すため。そして世界を救うため。あかりは再び剣を構え、セフィロトの幹に突き立てる。剣が霧散しようとも、その度に新たな剣をイメージする。先ほどから変わらない同じ動作。いたずらに消耗するばかりだ。

「せめて穴のひとつでも空けばいいのに……!」
『こちら狙撃手(イェーガー)! 支援を開始するッ!』

その時、超音速の弾丸が幹に直撃した。弾丸は幹に刺さって消失する。後にはわずかなくぼみが残されているだけだ。

「シャルロッテさん!?」

周囲を見渡すも、狙撃手と思しきシャルロッテの姿は見えない。アストラルクスを伝う念話の声だけが、その場全員の脳内で響き渡った。

『くっそー! 対戦車(PzB)でもこの程度かッ!!』
「無事か、シャルロッテ!」

シルヴィアの問いかけに、『無事だよ~』という気の抜けた舜蘭の声がする。あかり達の遥か後方に陣取って、狙撃の機会を狙っていたらしい。

『こうなれば電撃戦だ! 目標、セフィロト! 全軍突撃(アポカリプスナウ)!』

無線通信めいた念話の後、遥か後方からけたたましい駆動音が聞こえてくる。目を凝らすと見えてきたそれは、横一列に整列した戦車大隊だ。加えて軍用ヘリのプロペラ音に加え、戦闘機のジェットエンジンとソニックブームがあかりのお腹を震わせる。
そして、あらゆる弾薬が降り注いだ。

「ひいっ!? 戦争!?」
「味方めがけて砲撃するヤツがあるかッ!」

駆動音、爆音。あかりの見立て通りの総力戦となったアストラルクスに、今度はけたたましい雷鳴が響き渡る。

「あの軍事バカ! どっちの味方かわかんねーぞ!?」
「黙って散らせて」

「わあってる!」とギターをかき鳴らし、あかり達に降り注ぐ弾薬が稲妻に貫かれて四散した。エレンとルーシアだ。

「エレンさん、ルーシアさん!?」
「……手伝う。メーガンはセフィロトの中に何かを仕込んだ。こじ開ける」
「どうこじ開けるって言うのよ? シルヴィアの馬鹿力でも無駄なのに」
「……魔女が来る」

ルーシアが呟くと、戦闘機とヘリの合間を縫って箒に腰掛けたメルティナとプリシラが飛来する。手に持っているのはいつものカボチャの爆弾ではなく、小瓶だ。

「ルーシア! 飴よ!」

投げ落とされた小瓶の中身――飴をすべて口に流し込んで、ルーシアはバキバキと噛み砕く。

「こ、こんな時に飴なんて食っとる場合なんか!?」
「バーカ、喰わなきゃ動けねえんだよ! ルーシアは――」

途端、ルーシアの様子が変わった。瞳は血走り、鎌を赤黒い炎が包んでいく。
瞬間、ミレイユは思い出した。あのマルセイユでの夜、ルーシアは吸血衝動をメルティナお手製の飴で抑えていると言っていた。吸血鬼にとっての生命線、すなわち血の代わりになる飴だ。それが大量に摂取されたということはすなわち――

吸血鬼(ヴァンパイア)……」

ルーシアは熱っぽい息を吐き、鎌を振り下ろした。ちょうどシャルロッテの狙撃でくぼんだ場所へ、強烈な、吸血鬼の一撃を叩き込む。

「……大したことない」

あれだけ傷すらつかなかったセフィロトが大きく穿たれていた。二度、三度とルーシアが鎌を振る度に傷は大きくなる。

「……手伝って。あたしだけじゃ間に合わない」

ルーシアの言う通り、例の蛇のような枝が傷口を塞ごうと這い回ってきた。あかりとシルヴィアは目を合わせで頷き、枝に刃を突き立てる。
やがて三人の行動に触発され、万梨亜のフェンリルが幹を囓り出した。超遠距離からはシャルロッテの狙撃が。箒から降りたプリシラはダガーで。ミレイユは爆撃の流れ弾を防ぎながら槍で。クリスティンは茨のダーツで。
セフィロトの内部に侵入する穴を穿つため、その場の全員が必死に武器を振る。

「あかりおねーたん!」
「手伝うの!」
「なのー!」

シャルロッテの召喚した戦車の中から、天道三姉妹とマルゴットが姿を現した。

「みんな! マルゴットさん!」
「セフィロトの内部はアイオーン空間です! ただセフィロトの幹に穴を空けたところで、内部に入れるワケではありません!」
「ならどうすればいいんですか!?」
「……そのために私達が居ます! 三姉妹ッ!」
「了解なのー!」

三人分の声が響き、戦車の中から取り出した部品が組み立てられていく。鳥籠とクレーン、そして年代物のコンピュータ。見覚えのあるそれの正体はあかりにもすぐに分かった。

上昇機関(アセンショナー)ですか……!?」
「そうです! あかりさんをセフィロトの内部――アイオーンへ送ります!」

籠の中へあかりを誘導し、マルゴットは三姉妹に指示を出す。あかりのアイオーンタロットが装置の稼働に合わせて回転を始め、装置はルーシアの空けた穴に接続される。

「マルゴットさん! るなちゃんも連れて行きます!」
「で、ですが月詠さんは……!」

るなはなおも抵抗を続けていた。ぎんかとせいらの制止の言葉すら、彼女の心には届かない。説得は不可能だ。不可能だからこそ、直接セフィロト内部に連れていくしかない。

「約束したんです! せれなに逢わせるって!」

しばし悩んだマルゴットは神妙に頷き、ぎんか達と協力してるなを籠に押し込めた。悲しき獣が籠の中で吠え立てるも、あかりの決意は揺らがない。

「分かりました、彼女も転送します!」

「頼むで、あかり!」「あかり、頑張って」。ぎんかとせいらが鳥籠越しに言葉をかけた。
「任せましたわ」「こちらは大丈夫ですからね」。ミレイユと万梨亜があかりを見送った。
『あかり三等兵、突撃!』『帰ったら肉まん食べようね~』。シャルロッテと舜蘭の自由気ままな声が聞こえた。
「死ぬんじゃないわよ」「行ってこい、あかり!」。クリスティンとエレンが微笑んだ。
「答え合せをしてきな」「待ってるわよぉ」。プリシラとメルティナが籠越しにあかりの頭を撫でた。
そして――

「頼んだぞ、救世主」
「失敗したら許さない」

シルヴィアとルーシアに希望を託され、あかりの意識はセフィロトの内部――アイオーンへ飛び込んでいった。




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